吉田義寛 神社の神様 - 神社ファン

吉田義寛

よしだよしひろ

  • 歴史的人物
  • 男神・男性

祭神ランキング1527位

  • 武人

安土桃山~江戸 [~1615年]

  • ご神徳
  • 同一神
  • 主な神社
  • 吉田義寛とは?

    吉田義寛(?-1615)は安土桃山時代の人物。吉田守氏の子。織田信長の家臣であった吉田守氏の子として美濃(岐阜県)に生まれる。豊臣秀次に仕えていたが、秀次の死後、徳川家康の次男である結城秀康に仕える。秀康が関ヶ原の戦いの戦功として北ノ庄城(福井県福井市)を拝領した際、改築し直した福井城の築城総監督を務めた。秀康の死後は嫡男である松平忠直にも仕え、豊臣軍との戦いにも参加、主君である忠直に戦功を挙げさせるために軍令を無視した。結果として忠直は戦果を挙げたが、徳川軍からの命令を無視した責任を負い、義寛は入水した。思慮深く、戦においても頭が切れる人物で、秀康からの信頼も厚く、越前足羽郡(福井県福井市)に1万4千石を拝領している。 吉田義寛は、佐佳枝廼社(福井県福井市)に祀られている。佐佳枝廼社は、福井城の敷地内にある神社で、徳川家康を祀る目的で創建された。のちに、義寛の主君であった秀康も主祭神として祀られた。義寛は、福井城築城の総監督であったことから、相殿の祭神とされている。

    ご神徳

    ご神徳は不明です。

    祀られている主な神社

    佐佳枝廼社
    (福井県福井市大手3-12-3)