吉川経義
きっかわつねよし
- 歴史的人物
- 男神・男性

祭神ランキング1527位
- 武人
平安~鎌倉 [1132年~1193年]
吉川経義とは?
吉川経義(1132-1193)は、平安時代末期から鎌倉時代初期にかけての武士・御家人。父は入江景義。通称、吉香三郎。藤原南家工藤流しの流れを汲む吉川氏の祖であり、1185年頃に経義が入江庄吉川に所領を与えられ居館を構えて、吉川と称したのが吉川家の始まりである。初期での表記は一定せず、吉川以外に「吉河」「吉香」とも書かれている。経義は源頼朝の側近に随従しており、1189年の奥州藤原秀衡討伐、翌年の入京、1193年の富士の巻狩などにも参加していた。 岩国市横山にある吉香神社は、経義を祀る高秀社・吉川広家を祀る鎮昭社・吉川興経を祀る治功社の3社が基となり、歴代の吉川氏29柱を祀る神社として創建された。また、静岡市清水吉川には吉川氏館跡・吉川氏墳墓が現存する。
ご神徳
ご神徳は不明です。
祀られている主な神社
吉香神社
(山口県岩国市横山2丁目8番5号)
