蒲生君平
がもうくんぺい
- 歴史的人物
- 男神・男性

小堀鞆音(パブリック・ドメイン)
祭神ランキング1527位
- 学者
江戸 [1768年~1813年]
蒲生君平とは?
蒲生君平(1768-1813)は江戸時代後期の人物。下野国(栃木県)宇都宮の油商、福田家の四男として生まれる。幼少期に、安土桃山時代の武将・会津藩主である蒲生氏郷が自身の祖先であると知り、後に自身の姓を蒲生に改める。学問で身を立てることを誓い、生涯にわたって多くの思想家・学者に師事し、また交流を重ねた。同じく尊王や国防・外交に強い関心を寄せていた林子平・高山彦九郎と共に、寛政の三奇人と呼ばれる。荒廃した歴代天皇陵(古墳)の修復の必要性を説き、近畿・四国の古墳を2度に渡り踏査し、その墳墓の被葬者や詳細を著書『山陵志』に纏めた。1度目の調査の際には本居宣長を訪ね、教えを受けている。前方後円墳という語を生み出した人物であり、考古学史においても功績を残している。晩年は江戸に居を移し、著述に専念した。臨江寺(東京都台東区)に蒲生君平墓があり、国史跡に指定されている。没後、著書や思想が後の明治維新に影響を与えたとされ、明治天皇の勅命により勅旌の碑が建てられた。著書は『山陵志』のほかに『不恤緯』『職官志』などがある。 君平は蒲生神社(栃木県宇都宮市)の主祭神である。学問の神、蒲生君平先生として祀られており、ご利益は学問向上・合格祈願などである。
ご神徳
学業成就 合格祈願
祀られている主な神社
蒲生神社
(栃木県宇都宮市塙田5丁目1-19)
