荷田春満
かだのあずままろ
- 歴史的人物
- 男神・男性

Hannah(國文学名家肖像集 パブリック・ドメイン)
祭神ランキング776位
- 学者
江戸 [1669年~1736年]
荷田春満とは?
荷田春満(1736-1669)は伏見稲荷神社の神官羽倉信詮の次男として生まれた江戸時代の歌人であり、国学者である。代々神官の家柄で育った春満は神道、有識故実、和歌などに触れる機会が多く、古典研究の環境に恵まれていた。29歳の時に江戸に下り武士たちに歌道や神道の教授を行う。教義の内容は当初は中世の神祇道の色合いが濃いものであったが、次第に万葉集など古典の研究やその講義に傾注していく。55歳になり将軍徳川吉宗により幕府書物奉行下田師古への和学の講義を行う命を受け、同時に幕府が所蔵する古書の鑑定などを行った。その後、帰郷した後も幕府からの質問などには書簡で対応し、養子とした在満を江戸に下向させこの任に当たらせている。また、江戸滞在中には長岡藩との親交が厚く、五人扶持を支給されていた。この江戸滞在中に赤穂浪士に吉良上野介在宅の茶会の日程を教えたという逸話も残されている。 春満は京都市伏見区に鎮座する東丸神社に祭神として祀られている。春満は賀茂真淵、本居宣長、平田篤胤と並び国学の四大人と言われ、賀茂真淵の師にも当たる。東丸神社は1883年春満に正四位の官位が下賜されたことをきっかけに建立された。学問、受験などにご利益があるとされ広く崇敬されている。
ご神徳
学業成就 合格祈願
