塩野義三郎 神社の神様 - 神社ファン

塩野義三郎

しおのぎさぶろう

  • 歴史的人物
  • 男神・男性

祭神ランキング1527位

  • その他

江戸~昭和 [1854年~1931年]

  • ご神徳
  • 同一神
  • 主な神社
  • 塩野義三郎とは?

    塩野義三郎(1854-1931)は江戸~昭和時代の人物で塩野義製薬の創業者。大阪の道修町の薬種問屋、塩野吉兵衛の子として父の下で商売について学ぶ。24歳になると塩野義三郎商店を開業し独立、自らの店を構える。当初は和漢薬専門の問屋だったが、明治維新後の時代の流れを見て、洋薬専門の問屋へと方向転換する。義三郎は国内の薬品販売に留まらず、当時高価だった西洋の薬品を直接輸入し価格を抑えて販売した。さらに自社工場や製薬所を作り、新薬を開発する製薬事業へと乗り出す。1909年には自社開発の新薬第一号となる制酸薬「アンタチヂン」の開発に成功し販売を開始する。1919年には薬種問屋と製薬所を合併し、現在の塩野義製薬へと続く塩野義商店が誕生した。義三郎は社長の任に就くが、60歳を過ぎると経営の第一線から退くと同時に義一と改名。長男の正太郎が義三郎の名前を継いで二代目となった。 江戸時代から薬種問屋が集まり、薬の町として知られていた道修町では、日本医薬の祖神である少彦名命をまつった少彦名神社が信仰の中心となっていた。少彦名神社には薬業関係者で組織された薬祖講があり、塩野義製薬もその講に属している。

    ご神徳

    ご神徳は不明です。