永山武四郎
ながやまたけしろう
- 歴史的人物
- 男神・男性

表記なし(パブリック・ドメイン)
祭神ランキング1003位
- 華族
- 軍人
明治 [1837年~1904年]
永山武四郎とは?
永山武四郎(1837-1904)は明治時代の人物。薩摩(鹿児島県)藩士の家系である永山家に生まれる。陸軍の軍人であり、屯田兵制度の創設等を主に北海道開拓の基盤作りに尽力した。長期出張でロシア・アメリカ・清国へ赴くなどし、各国で農業や移民の状況を視察し、『周遊日記』を著した。屯田兵本部長、第2代北海道庁長官を兼務し、のちに陸軍中将となる。退官後は貴族院議員を務めた。議会主席のための在京中に倒れ、翌年に死去。病床での遺言どおり遺体は北海道まで運ばれ、札幌にて葬儀が行われた。旧永山村(北海道旭川市永山)の地名は武四郎の姓からつけられたものであり、現在でも永山と名の付く地名・施設が数多く存在する。 永山神社・上川神社(旭川市)の祭神、永山武四郎命として祀られており、永山神社には軍刀・軍帽・指揮刀が社宝として奉納されている。また北海道神宮(札幌市)境内社である開拓神社の祭神の1柱である。屯田事務局長時代に建てた私邸である旧永山武四郎邸(札幌市)が現存しており、後年に増築された旧三菱鉱業寮部と共に見学が可能である。北海道有形文化財に指定されている。
ご神徳
ご神徳は不明です。
