稲葉正成
いなばまさなり
- 歴史的人物
- 男神・男性

神奈川県立歴史博物館所蔵(パブリック・ドメイン)
祭神ランキング1527位
- 大名
安土桃山~江戸 [1571年~1628年]
稲葉正成とは?
稲葉正成(1571-1628)は安土桃山時代から江戸時代を生きた武将である。戦国大名稲葉重道を養父に持ち、その娘である福(後の春日局)を妻とするが、福が徳川家光の乳母となったのをきっかけに離縁している。正成は義父と共に豊臣秀吉に仕え、その命令で長年小早川秀秋の補佐を務めた。その働きにより、関ヶ原の戦いでは秀秋を東軍に寝返らせることに成功している。他にも、四国攻め、小田原征伐では活躍をみせ、慶長の役にも出陣しているが、関ヶ原の戦い後に秀秋と対立し、浪人となる。その後、徳川家康に召し出されると美濃国十七条藩主となり、後に彼の孫にあたる松平忠昌の家老に任命され、清崎城の城主となった。江戸時代中期の逸話集である常山紀談には、正成をはじめとした七人の武将が義兄弟の契りを交わし、武勇に励み立身を誓い合った証として天下七兄弟と呼ばれたという話が記されている。1610年、正成は森部下屋敷(岐阜県安八郡安八町)を治めていたが、当時の屋敷跡に現在は金峯神社が創建されている。 正成を祀る神社として、稲葉神社(京都市伏見区)が挙げられる。この神社は1885年淀城跡公園内に創建され、祭神は稲葉佐渡守越智正成となっている。また、末社に稲荷大明神、住吉大明神、熊野大明神も祀られている。
ご神徳
ご神徳は不明です。
別称・異称
越智正成おちまさなり
その他
祀られている主な神社
稲葉神社
(京都府伏見区淀本町164)
