一条房基
いちじょうふさもと
- 歴史的人物
- 男神・男性

祭神ランキング1527位
- 公卿
- 大名
戦国 [1522年~1549年]
一条房基とは?
一条房基(1522年-1549年)は土佐一条家の4代目当主。一条房冬の嫡子として誕生し、1528年に従五位に任ぜられ、以降、右近衛中将となり、1540年には従三位の位をいただき阿波権守≪あわのごんのかみ≫を兼任した。1541年に父房冬の死により家督を継ぐがこの頃から周囲の国人衆からは軽んじられるようになる。知勇に優れた武将である房基は謀反を起こした津野氏を屈服させ、続いて大平氏・波川氏・片岡氏・能津氏などを従えたうえで伊予国(現在の愛媛県)への進出も行い勢力の拡大を図った。しかし、津野氏から奪った土佐大津城は後年長宗我部国親に攻め取られ、長曾我部氏の台頭を許す結果となる。1549年に房基は突如自害に及ぶ。自害の原因は突然の狂気とされているが、京の一条本家に勢力を拡大する戦国大名のごとき振舞いを疎んじられ暗殺されたという説もある。享年28歳の若さであった。 房基は土佐一条氏歴代の当主と共に一條神社に祭神として祀られている。一條神社は地元では「いちじょこさん」として親しまれ、毎年11月の例大祭には数万人の人手でにぎわっている。
ご神徳
ご神徳は不明です。
祀られている主な神社
一条神社
(高知県四万十市中村本町1丁目3)
