安倍貞任
あべのさだとう
- 歴史的人物
- 男神・男性

表記なし(パブリック・ドメイン)
祭神ランキング1003位
- 武人
平安 [1019年~1062年]
安倍貞任とは?
安倍貞任(1019-1062?)は平安時代の陸奥国の豪族。安倍厨川次郎貞任とも称される。 貞任の父親は、安倍氏の棟梁・奥六郡の俘囚長「安倍頼時」で、後の奥州藤原氏初代当主「藤原清衡」は甥にあたる。また、第90、96~99代内閣総理大臣「安倍晋三」氏の祖先ともされる。 貞任と言えば安倍氏と朝廷における前九年の役(1051~1062)が有名である。途中父頼時の死後は、貞任が安倍氏の総指揮をとる。戦いでは常に有利に進めてきた貞任であったが、朝廷側に清原光頼が加勢したことで形成が逆転、厨川の戦いで貞任は討たれ安倍氏は敗北する。この戦いには、俘囚への偏見や税に苦しむ民、埋蔵金の利権などの事情が複雑に絡んでいた。 貞任には、日本各地に生き延びていたとする説もある。また、朝廷に送られた貞任の死体が何度も生き返り祟ったとの逸話もある。最後には、死体を7つに分け下宇津八幡宮に貞任の霊を祀り祟りがおさまったという。「切畑」「貞任峠」「足手谷」などはこれにまつわる地名とされる。貞任の腕が埋められたのは船井神社の腕守で腕の痛みに効き、また頭が埋められた久留守神社は頭痛に効くとされる。
ご神徳
ご神徳は不明です。
祀られている主な神社
安部神社
(長野県大町市平字城浦9700)
