一言主
ひとことぬし
- 神話・伝説
- 不明

菊池容斎(前賢故実)
祭神ランキング170位
一言主とは?
一言主は記紀神話などに登場する神である。葛城一言主大神、葛城一言主神などとも呼ばれ、古くから大和国の葛城山に鎮まる神として信仰されてきた。『古事記』と『日本書紀』では、第21代雄略天皇が葛城山で狩りをした際に姿を現す神として登場する。
『古事記』では、雄略天皇が葛城山へ狩りに出かけると、天皇一行と同じ姿や装束をした一行が山の向こうから現れた。天皇が名を尋ねると、その人物は「吾は悪事も一言、善事も一言、言離の神、葛城之一言主之大神なり」と名乗った。これを聞いた雄略天皇は畏れ入り、弓矢をはじめ供の者たちの衣服まで献上した。一言主大神はこれを受け取り、天皇一行が帰る際には山から長谷まで見送ったとされる。
『日本書紀』にも雄略天皇と一言主神が葛城山で出会う説話があるが、その内容は異なる。天皇と同じ姿をした一行が現れ、互いに名を尋ねた後、一言主神が自らを一事主神と名乗る。雄略天皇はこれを喜び、一言主神とともに狩りを楽しみ、最後には来目水まで見送られたと記されている。いずれの説話でも、一言主は雄略天皇と対峙できるほど強い神威を持つ葛城の神として描かれている。
後世になると、一言主をめぐる伝承はさまざまに展開した。『続日本紀』には、雄略天皇と獲物を争ったため土佐国へ流された高鴨神を、天平宝字8年(764)に大和国葛上郡へ戻したという記事がある。この高鴨神を一言主神とみる説がある一方、味鋤高彦根神とする説もあり、史料上は一言主神と断定できない。ただし、高知県高知市の土佐神社では現在、味鋤高彦根神と一言主神の二柱を祭神として祀っている。
また、役行者に関する後世の説話では、一言主は葛城山と金峯山を結ぶ岩橋を架けるために使役された神として登場する。容貌を恥じて夜だけ働き、工事を完成させなかったため役行者によって呪縛されたとする伝承などが形成された。記紀で天皇から畏敬される葛城の大神として描かれた一言主が、後世には仏教説話や修験道にも取り込まれ、異なる姿で語られるようになった。
一言主は善事も悪事も一言で言い放つ神という記紀の伝承から、言葉や託宣に関わる神として信仰されてきた。後世には一つの願いであれば何事でも聞き届ける神ともされ、「いちごんさん」などの呼び名で親しまれている。心願成就などの神徳で信仰され、代表的な神社に奈良県御所市の葛城一言主神社、高知県高知市の土佐神社、茨城県常総市の一言主神社などがある。
エピソード
『古事記』によれば、雄略天皇が葛城山へ狩りに出かけると、向かいの尾根に天皇一行と同じ衣装を着け、同じ人数を従えた一団が現れた。天皇が名を問うと、相手は先に名乗るよう求める。天皇が名を告げると、その者は「吾は悪事も一言、善事も一言、言い離つ神、葛城の一言主大神なり」と名乗った。天皇は畏れ、弓矢や衣服を献上したという。
『日本書紀』では対立よりも親和的に描かれる。一言主は天皇とともに狩りを楽しみ、獲物を射る順番を譲り合ったのち、来目水まで天皇を見送ったとされる。いずれの記述でも一言主は天皇と対等に近い姿で現れる。葛城山の神が、王権さえ畏敬する強大な力を持つ存在として意識されていたことを示す物語である。
出典・参考:『古事記』雄略天皇段、『日本書紀』雄略天皇四年二月条
一言主が名乗った「悪事も一言、善事も一言、言い離つ神」という言葉は、悪事だけを告げる神という意味ではない。吉事も凶事も一言によって明らかにし、曖昧な状態に決着をつける託宣神としての性格を表している。「言離」は、言葉によって物事を解き分け、定めることとも解釈されてきた。
古代において、口から発せられた言葉は現実へ作用する力を持つと考えられた。一言主の神名には、その言葉の力が凝縮されている。後世になると、神が一言で託宣するという性格は、人が一つの願いを申し上げれば聞き届けるという信仰へ展開した。葛城一言主神社では現在も「いちごんさん」と親しまれ、願いを一つに定め、偽りのない言葉で祈る神として崇敬されている。
出典・参考:『古事記』雄略天皇段、葛城一言主神社由緒、一言主神社「一言主大神について」
『続日本紀』天平宝字八年十一月条には、雄略天皇と猟をめぐって争い、土佐国へ移された高鴨神を、賀茂田守が葛城へ迎えて祀ったという記事がある。この高鴨神を一言主とみなす伝承がある一方、大国主の御子である味耜高彦根神とする説もあり、祭神の理解は史料によって一定していない。また『土佐国風土記』逸文では、土佐の高賀茂大社の祭神を一言主尊とする説と、味耜高彦根尊とする説の双方が記録されている。
こうした伝承は、葛城地方の賀茂氏と土佐国の賀茂信仰が深く結ばれていたことを示している。土佐国一宮の土佐神社では、味耜高彦根神と一言主神を祭神として祀る。異なる神名を単純に同一神と断定することはできないが、一言主信仰が葛城を越え、土佐の開拓と守護に関わる神へ展開した重要な例である。
出典・参考:『続日本紀』天平宝字八年十一月七日条、『土佐国風土記』逸文、土佐神社由緒
『日本霊異記』では、一言主は葛城山で修行する役行者との関係を通して語られる。役行者は葛城山から吉野の金峯山まで岩の橋を架けようとし、諸神を集めて工事を命じた。一言主もこれに従ったが、醜い容貌を恥じて夜間しか働かなかったため、工事は完成しなかったという。役行者から責められた一言主は、人に取り憑いて役行者が天皇を滅ぼそうとしていると訴えた。朝廷は役行者を捕らえようとしたが、役行者は術によって逃れたため、母を拘束した。役行者は母を救うため自ら捕らえられ、伊豆島へ流されたとされる。
この物語では、『古事記』で雄略天皇と対等に向き合った一言主が、修験者に使役される神として描かれている。ただし、これは神格が単純に衰えたことだけを意味しない。一言主は役行者を朝廷へ告発できる託宣神であり、橋を架けるほどの力を持つ葛城山の神でもある。後世には鬼の姿で表され、京都の祇園祭の役行者山では役行者や葛城神とともに祀られている。古代の山神が仏教説話と修験道に取り込まれ、新たな姿を与えられた伝承である。
出典・参考:『日本霊異記』上巻第二十八縁、『今昔物語集』巻十一第三話、國學院大學古典文化学事業「葛城之一言主之大神」、公益財団法人役行者山保存会「役行者山」
出典文献
古事記
延喜式
神格
ご神徳
別称・異称
ひとことぬしのおおかみ
古事記
葛木一言主神かつらぎのひとことぬしのかみ
先代旧事本紀/延喜式
一言主神ひとことぬしのかみ
延喜式
祀られている主な神社
葛城一言主神社
(奈良県御所市森脇432)
鳴無神社
(高知県須崎市浦ノ内東分3579番)
一言主神社
(茨城県常総市大塚戸町875番地)
土佐神社
(高知県高知市一宮しなね2丁目16−1)
六所神社
(京都府南山城村大字北大河原小字広手24)
