建比良鳥命
たけひらとり
- 神話・伝説
- 男神・男性

玉蘭斎貞秀(神佛図會)
祭神ランキング213位
建比良鳥命とは?
建比良鳥命は記紀神話などに登場する男神。武日照命、天夷鳥命、武夷鳥命、武三熊之大人、大背飯三熊之大人など、文献によってさまざまな神名で記される。五男三女神の一柱であるアメノホヒの子で、出雲国造をはじめとする諸氏族の祖神とされる。
『古事記』では天菩比神の子として建比良鳥命の名が記され、出雲国造、无邪志国造、上菟上国造、下菟上国造、伊自牟国造、津島県直、遠江国造らの祖とされている。出雲を中心としながら東国にまで広がる複数の氏族の祖神として位置づけられていることが、建比良鳥命の大きな特徴である。後世の系譜では伊佐我命や出雲建子命などにつながる祖神としても伝えられている。
一方、『日本書紀』では武夷鳥の名で登場する。葦原中国の平定のため、最初に父の天穂日命が遣わされたものの、大己貴神に従って3年経っても復命しなかったため、その子である武夷鳥が遣わされた。しかし武夷鳥も父に従って復命しなかったとされ、続いて天稚彦が派遣されることになる。
これに対して『出雲国造神賀詞』では、天夷鳥命として異なる姿が語られている。天穂日命が地上の様子を調べたのち、その子である天夷鳥命に布都怒志命を副えて、荒ぶる神々を平定させたとされる。ここでは『日本書紀』のような使命を果たさなかった神ではなく、葦原中国の平定に関わり、皇孫への国譲りに貢献した神として位置づけられている。この違いには、建比良鳥命を祖神とする出雲国造氏の伝承が反映されていると考えられている。
神名の「建比良鳥」や異名の「天夷鳥」については、「鳥」を神聖な鳥や天と地を往来する存在とみる説、「夷」を異郷・遠方と関連づける説などがある。ただし、その語義については定説があるわけではない。出雲国造をはじめ各地の国造につながる祖神であることから、出雲系氏族の展開や国土経営と関係する神としても捉えられてきた。
建比良鳥命は島根県出雲市の比那神社などで祀られているほか、天夷鳥命、武夷鳥命など異なる神名で祀られる例もある。また父であるアメノホヒとともに祀られる場合もあり、出雲国造をはじめとする氏族の祖神として信仰されてきた。
エピソード
『古事記』では、天照大神とスサノオの誓約によって生まれた五柱の男神を列挙した後、アメノホヒの子として建比良鳥命を挙げている。建比良鳥命は、出雲国造、无邪志国造、上菟上国造、下菟上国造、伊自牟国造、津島県直、遠江国造の祖であると記される。これらの氏族は出雲国だけでなく、武蔵国、上総国、下総国、伊豆国、対馬国、遠江国に関係しており、建比良鳥命が広い地域の氏族系譜へ組み込まれていたことが分かる。
ただし、『日本書紀』の同じ系譜では、建比良鳥命ではなく父の天穂日命が出雲臣や土師連などの祖とされる。どちらか一方が単純な誤りなのではなく、氏族ごとに伝えた祖先伝承の違いが『古事記』と『日本書紀』へ反映されたと考えられる。建比良鳥命は独立した神話を多く持つ神ではないが、国造氏族が自らの由緒を天上界へ結びつけるうえで重要な祖神であった。各地に異なる神名で祀られる背景にも、こうした広範な氏族系譜がある。
出典・参考:『古事記』、『日本書紀』神代上、國學院大學古典文化学事業「建比良鳥命」「天之菩卑能命」
『日本書紀』神代下の本文では、高皇産霊尊が葦原中国の様子を調べるため、最初に天穂日命を遣わした。しかし天穂日命は大国主に従い、3年経っても復命しなかった。そこで天穂日命の子である大背飯三熊之大人《おおそびのみくまのうし》が派遣されたが、この神も父と同じく高天原へ報告しなかった。大背飯三熊之大人は、『古事記』の建比良鳥命に相当する神と一般に考えられている。
『古事記』では次の使者としてアメノワカヒコが選ばれるため、建比良鳥命が国譲りの使者となった話は記されていない。これに対し『日本書紀』では、父子が続けて派遣されながら使命を果たさなかった構成となっている。建比良鳥命の異名が多いのも、各文献に伝わった系譜と国譲り神話が異なる形で整理されたためと考えられる。後世の系譜では武日照命、天夷鳥命、武夷鳥命なども同神とされるが、古典ごとの表記と役割を区別する必要がある。建比良鳥命は、国造の祖神という姿と、帰還しなかった天上の使者という姿を併せ持つ神なのである。
出典・参考:『日本書紀』神代下、『古事記』、國學院大學古典文化学事業「建比良鳥命」
『出雲国造神賀詞』では、建比良鳥命に相当する天夷鳥命が、記紀とは異なる役割を与えられている。父の天穂日命は高天原から出雲へ遣わされ、葦原中国が荒ぶる神々の満ちる国であると報告した。そのうえで、自分の子である天夷鳥命に経津主神を添えて再び天降らせた。天夷鳥命らは荒ぶる神々を平定し、国作りの大神に国譲りを承諾させたと語られる。
この神賀詞は、出雲国造が都へ参向し、天皇へ神宝を献上して服属と忠誠を表す儀礼で奏上した祝詞である。そのため、出雲国造の祖である天穂日命と天夷鳥命は、高天原へ背いた神ではなく、皇孫のために出雲を平定した功臣として描かれた。『日本書紀』では復命しなかった父子が、『出雲国造神賀詞』では国譲りを実現する父子へと変わっているのである。これは同じ神をめぐる伝承が、朝廷側の国譲り神話と出雲国造側の祖先伝承で異なる形に整えられた例であり、建比良鳥命の性格を理解するうえで欠かせない相違である。
出典・参考:『延喜式』祝詞「出雲国造神賀詞」、國學院大學デジタルミュージアム「出雲国造神賀」、國學院大學古典文化学事業「天之菩卑能命」
出典文献
古事記
日本書紀
延喜式
新撰姓氏録
神格
ご神徳
別称・異称
たけひらとりのみこと
古事記
武日照命たけひなてるのみこと
日本書紀
天夷鳥あめのひなどり
日本書紀
武夷鳥たけひなどり
日本書紀
天日名鳥命あめのひなどりのみこと
延喜式/新撰姓氏録
神阿麻能比奈等理神かんあまのひなとりのかみ
延喜式
天夷鳥命あめのひなどりのみこと
新撰姓氏録
武比良鳥命たけひらとりのみこと
その他
祀られている主な神社
鷲宮神社
(埼玉県久喜市鷲宮1-6-1)
鷲神社
(埼玉県羽生市尾崎705)
鷲宮神社
(埼玉県加須市花崎2-29-3)
出雲祝神社
(埼玉県入間市宮寺寄木森1)
比奈多乃神社
(静岡県掛川市上土方落合日向ヶ谷837)
