稲脊脛命
いなせはぎのみこと
- 神話・伝説
- 不明

表記なし
祭神ランキング252位
稲脊脛命とは?
稲脊脛命は『日本書紀』などに登場する神。同書では稲背脛と表記される。大己貴神の国譲りの段に登場し、事代主神のもとへ派遣される使者の役割を果たした。
『日本書紀』では、高皇産霊尊が経津主神と武甕槌神を出雲へ派遣し、大己貴神に国譲りを迫った。大己貴神は自分だけでは返答できず、御大之御前にいる子の事代主神に尋ねてから答えると述べる。そこで稲背脛が使者に選ばれ、熊野諸手船に乗って事代主神のもとへ向かった。事代主神が国譲りに同意すると、稲背脛はその返答を大己貴神のもとへ持ち帰った。国譲りという重要な局面で、父子の間を取り次ぐ役割を担った神である。
稲背脛という神名については、国譲りを承諾するか否かを事代主神に尋ねた役割から、「諾否」を問うことと結びつける説がある。ただし確定した語源ではなく、国譲り神話における役割から生まれた解釈の一つである。
出雲地方に伝わる伝承では、稲脊脛命を天穂日命の子とし、『古事記』に出雲国造らの祖として登場する建比良鳥命と同一視する説がある。この伝承では、天穂日命に続いて高天原から葦原中国へ派遣されたものの、大己貴神に仕えるようになったため使命を果たさず、その後に派遣された経津主神・武甕槌命と大己貴神との間を取り持ったとされる。葦原中国平定後には父の跡を継ぎ、大己貴神の祭祀を司ったとも伝えられている。ただし、『古事記』『日本書紀』には稲脊脛命と建比良鳥命を同一神とする記述はなく、こうした系譜は出雲に伝わる後世の伝承として捉える必要がある。
稲脊脛命は島根県出雲市の伊奈西波岐神社、兵庫県豊岡市の西刀神社などで祭神として祀られている。国譲り神話で事代主神の意向を伝えた使者としての働きや、出雲に伝わる祭祀伝承から、交渉や仲介、物事を円滑に進める神として信仰されている。
エピソード
『日本書紀』神代下本文では、大己貴神が国譲りの返答をする前に、子の事代主神の意見を聞きたいと答える。事代主神は美保の碕で釣りをしていたため、稲背脛は熊野諸手船(別名、天鴿船)で使者として遣わされた。稲背脛は高皇産霊尊の勅を伝え、事代主神に返答を求める。事代主神が国を譲ると答えると、稲背脛はその言葉を持ち帰り、大己貴神に報告した。物語のなかで稲背脛が担うのは、戦うことではなく、離れた場所にいる事代主神へ赴き、国譲りの判断を確かめて伝える役目である。美保神社の諸手船神事は、この国譲り神話を伝える古伝祭で、使い神と事代主神のやり取りも神事のなかで表される。記紀の物語に登場する一使者の働きが、出雲の祭礼に受け継がれている。
出典・参考:『日本書紀』巻第二「神代下」第九段本文、國學院大學古典文化学事業「鳥之石楠船神」、松江市「美保神社神事保存会」
稲背脛命の系譜や国譲り後の役割は、記紀本文と後世の出雲地方の神社伝承とで伝え方が異なる。『日本書紀』神代下本文は、稲背脛を事代主神のもとへ向かう使者として記すが、その父や、国譲りの後に大国主神の祭祀に仕えたことまでは述べていない。一方、出雲観光協会が紹介する伊奈西波岐神社の由緒では、稲背脛命はアメノホヒの御子とされ、父の後を受けて大国主神の祭祀に仕えたと伝えられる。また、『古事記』には建比良鳥命がアメノホヒの子で、出雲国造らの祖神として登場する。稲背脛命と建比良鳥命を同一神とする説は、こうした系譜や出雲の伝承を結び付けた神名比定と考えられるが、記紀に明記された同一神説ではない。異なる資料の伝承を分けて読むことで、使者としての稲背脛と、出雲の祭祀に関わる神としての信仰を区別して捉えられる。
出典・参考:『日本書紀』巻第二「神代下」第九段本文、『古事記』上巻、出雲観光協会「伊奈西波岐神社」、國學院大學古典文化学事業「建比良鳥命」
稲背脛命は国譲り神話の使者として知られる一方、伊奈西波岐神社では疱瘡除けの神としても信仰されてきた。国土交通省の地域観光資源解説は、同社から小石を一つ取って衣服に入れて持ち歩くと、疱瘡を退けられるという信仰を紹介している。また、桃園天皇の皇子たちが疱瘡から回復した後、感謝を込めて菊紋付きの提灯二張を寄進したという記録も伝える。これらは、神話における使者の役割とは異なる、地域に根付いた病気除けの信仰である。伊奈西波岐神社は『出雲国風土記』や『延喜式』にも記載される古社で、現在も稲背脛命を主祭神として祀り、例祭は10月8日に行われている。神話上の働きだけでなく、病気平癒を願う人々の信仰を通じて、稲背脛命が地域でどのように受け止められてきたかを伝える例である。
出典・参考:国土交通省「稲奈西波岐神社」、島根県神社庁「伊奈西波岐神社」、出雲観光協会「伊奈西波岐神社」
出典文献
日本書紀
延喜式
ご神徳
ご神徳は不明です。
別称・異称
いなせはぎ
日本書紀
大穴持伊那西波伎神おおなもちいなせはぎのかみ
延喜式
同一とされる神様
祀られている主な神社
十二社
(新潟県柏崎市鯨波1095番地)
前田神社
(鳥取県大山町古御堂378番)
日谷神社
(鳥取県日南町笠木248番)
多里神社
(鳥取県日南町新屋70番)
溝口神社
(鳥取県伯耆町溝口245番)
