手力男命戸取像・さざれ石・芭蕉句碑 | 天岩戸神社 - 神社ファン

有名度

関脇

天岩戸神社

あまのいわとじんじゃ

宮崎県高千穂町大字岩戸1073−1

手力男命戸取像・さざれ石・芭蕉句碑

更新日:2026年4月13日

第一鳥居をくぐった先には、拝殿へと続く参道が広がっており、その道中にも見どころが点在しています。

手力男命戸取像

鳥居をくぐって左手駐車場の端側には、「手力男命戸取像」と呼ばれる像が設置されています。
天岩戸神話では、天照大神が天岩戸に隠れたことで世界が闇に包まれます。そこで八百万の神々が知恵を巡らせ、天照大神を外へ導き出そうとします。天照大神が岩戸をわずかに開いたその瞬間、岩戸の陰に待ち構えていた天手力男命が力強く戸を引き開き、再び光が世界に戻ったとされています。
この手力男命戸取像は、その「戸を取り開く瞬間」を表現したもので、天岩戸神楽三十番の演目「戸取」をもとに造られています。怪力で知られる天手力男命が岩戸を取り払う場面をかたどった像であり、神話と神楽の内容を視覚的に伝える存在となっています。
なお、神話では天手力男命が岩戸を遠くへ投げ飛ばし、その岩戸が現在の戸隠山になったとする伝承も伝えられています。
天岩戸神社 手力男命戸取像

さざれ石

手力男命戸取像の近くには、さざれ石が設置されています。
さざれ石は、国歌「君が代」にも歌われている石として知られ、石灰質角礫岩という学名を持ちます。小さな石の欠片が雨水によって溶け出した石灰分によって結びつき、長い年月をかけて一つの大きな岩へと成長したものです。
このように、さざれ石とは小さな石が時間の積み重ねによって結合し、やがて大きな岩となった自然の産物を指します。その成り立ちから、「小さなものが集まり大きな力となる象徴」として古くより捉えられてきました。
天岩戸神社は、八百万の神々が力を合わせて天照大神を岩戸から導き出した神話の舞台とされており、さざれ石の持つ「結集」の意味と重なる側面があります。また、「君が代」に見られる「さざれ石の巌となりて」という表現は、長い年月を経て成長し続ける存在を象徴するものとされています。
天岩戸神社 さざれ石

芭蕉句碑

参道の右側には芭蕉句碑が設置されています。
碑には「梅が香にのつと日乃出る山路哉 はせを」と刻まれており、松尾芭蕉の句集『炭俵』の冒頭に収められている句です。早春の山路に差し込む朝日の情景を詠んだもので、高千穂の自然環境とも重なる風景を感じさせます。
この芭蕉句碑は、西本宮の参道に置かれた見どころの一つですが、芭蕉本人がこの地を訪れて詠んだ句ではありません。安政2年(1855年)に延岡に滞在していた俳人・得々庵魚竹ら門人たちによって建立されたもので、当地での句会を記念したものとされています。
つまり、この句碑は芭蕉の足跡を示すものではなく、後世の俳人たちが天岩戸という神話の地にふさわしい句として選び、建立した文学的記念碑です。なお、周辺には門弟たちの句を刻んだ副碑も存在していたとされ、当時この場所が俳諧文化の場としても機能していたことがうかがえます。
天岩戸神社 芭蕉句碑

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