草部吉見神社 - 神社ファン

有名度

前頭

草部吉見神社

くさかべよしみじんじゃ

熊本県阿蘇郡高森町草部2175

熊本県阿蘇郡高森町草部2175

下り石段と拝殿

Siwamura(wikipedia CC 表示-継承 3.0)

草部吉見神社以外にも 吉見大明神社 とも呼ばれます。


かんたんご利益

  • 厄除
  • 家庭
草部吉見神社には

「厄除・開運系」「家庭系」

のご利益があります。
※かんたんご利益はご利益をジャンル毎に分けわかりやすく表示したものです。
※バイカラー(2色)になっているご利益は摂末社やお守り、御神木など本殿以外のご利益です。
※光っているご利益は特に有名なご利益です。

ご利益

厄払い 開運招福 生活守護

御祭神

日子八井命 ひこやいのみこと

神社系統

この神社の主な系統は

阿蘇系

です。
※系統は御祭神や由緒による神社の分類です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。

由緒・歴史 | 特徴

草部吉見神社は熊本県阿蘇郡高森町に鎮座する神社。御祭神は日子八井命の1柱をまつる。
社格は旧郷社。
社伝によれば、草部吉見神社の創建は孝霊天皇3年にさかのぼる。日子八井命が高千穂からこの地へ来住し、まず川走りの窟にしばらく留まったと伝えられている。その後、宮居を定めるために占いを行い、吉ノ池の地を宮地として選んだとされる。
当時の吉ノ池には大蛇が棲んでいたと伝わる。日子八井命はその大蛇を退治し、池を埋めて宮殿を築いた。宮殿は屋根や壁を草で葺いたとされ、このことから土地が「草部」と呼ばれるようになったという。また、日子八井命が「此社吉宮床」と称したことが、吉見の社号の由来として伝えられている。
大蛇退治の伝承は周辺の地名にも残されている。斬られた大蛇が血を流しながら逃げた場所は血引原、現在の地引原とされ、大蛇を焼いた場所は灰原と伝えられる。社地周辺には古くから伝承が受け継がれ、地域の歴史と結び付いてきた。
その後、日子八井命の弟である神八井耳命の子、健磐龍命が阿蘇へ向かう途中に日子八井命の館を訪れたと伝わる。健磐龍命は日子八井命の娘である阿蘇都姫を娶り、阿蘇地方との関わりが語り継がれている。日子八井命は現在も阿蘇神社の三の宮に祀られている。
近代に入ると、明治6年(1873年)に郷社へ列格した。草部吉見神社は鳥居よりも低い場所に社殿が建つ「下り宮」として知られ、参拝者は石段を下って社殿へ向かう。宮崎県の鵜戸神宮、群馬県の一宮貫前神社とともに日本三大下り宮の一つに数えられることもある。
現在の社殿は、鳥居から約130段の石段を下った先に鎮座する。本殿は弘治3年(1557年)に甲斐左近将親成によって造営された。さらに明和9年(1772年)には地元の人々による補修が行われ、昭和51年(1976年)には大規模な改修が実施された。本殿は流造の建築で、長い年月にわたり守り継がれている。
例祭は毎年7月31日に斎行される。境内では古くから続く祭祀が受け継がれ、地域の人々によって今日まで守られている。
  • 郷社
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神社詳細

摂末社・境内社

境外摂社 三郎神社
天彦命
あめひこのみこと
天比咩命
あめひめのみこと

例祭

例祭 7月31日

文化財

情報募集

建築

本殿 流造

神紋

情報募集

出典
Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E8%8D%89%E9%83%A8%E5%90%89%E8%A6%8B%E7%A5%9E%E7%A4%BE