有名度
関脇櫛田神社
くしだじんじゃ
福岡県福岡市博多区上川端町1−41
博多祇園山笠
更新日:2025年7月21日
博多を代表する祭り
博多祇園山笠は、櫛田神社の夏祭りに山笠と呼ばれる作り山を奉納する神事です。相殿に祀られている須佐之男大神のお祭りであり、毎年7月1日から15日にかけて開催されます。このお祭りの起源は古く、鎌倉時代までさかのぼると言われています。承天寺の開山・聖一国師が博多で蔓延していた疫病退散を祈り、町人たちの担ぐ施餓鬼棚に乗って町内を練り歩きました。その際に疫病封じに甘露水をまいて清めたことが、この祭りの始まりです。1979年(昭和54年)には国の重要無形民俗文化財に指定されており、また2016年(平成28年)には「山・鉾・屋台行事」という名称でユネスコ無形文化遺産にも登録されました。博多どんたくとともに博多を代表する祭りとして知られています。

「山笠」と「流」について
博多祇園山笠を彩る山笠は「飾り山笠」と「舁き山笠(かきやま)」の2種類です。飾り山笠は鑑賞専用の山笠で、大きなものでは15メートルもの高さがあります。祭りの期間中は決められた場所で毎日見ることができます。舁き山笠は、高さ約3メートル、重さ約1トンにもおよぶ山笠です。実際に担がれ、博多の町を疾走します。かつては「飾り山笠」と同じ高さの山笠1種類でしたが、電線を切断する事故が相次いだため、高さの低い山笠を別につくるようになりました。現在は流(ながれ)と呼ばれる十数か町(旧町)を束ねた組織から、舁き山笠が奉納されます。また、大黒流、東流、西流、土居流、恵比須流、千代流、中洲流の7つの流を「博多七流(しちながれ)」と呼びます。
JKT-c・枝折(wikipedia CC 表示 3.0)山笠の3つの禁忌
博多祇園山笠では、お祭り期間中に守るべき3つの禁忌があります。ひとつめは胡瓜断ち(きゅうりだち)です。須佐之男大神の御神紋である木瓜(ぼけ)の花がきゅうりの切り口に似ているため、御神紋を口にすることは恐れ多いと避けられています。祭り期間中は博多区の小学校給食や飲食店のサラダにもキュウリが使用されないことも多いです。
ふたつめは女人断ち(にょにんだち)です。「お汐井取り」の行事で身を清めた後、山笠奉納が済む15日まで、山笠に参加する男性は女性との接触を避けなければなりません。昔から女人禁制の祭りでしたが、2003年(平成15年)に「女性を蔑視したもの」という声を受け、各町の山笠詰所入口にあった「不浄の者立入るべからず」の立て札は全廃されました。
3つめは飾り山の人形に関するタブーです。有名なものに武田信玄の人形が挙げられます。信玄の人形を飾った年に事故や事件が発生したため、避けられるようになりました。他にも高野師直や曾我兄弟、菅原天神(菅原道真)、菊池武時などの人形も避ける傾向があります。また水神である「龍」を飾ると雨が降るとされています。
祭りのスケジュール
7月1日から15日までがお祭りの期間です。福岡市内のいたるところに博多人形で飾られた飾り山笠が建てられ、大変賑わいを見せます。期間中は毎日のように神事が行われ、これらは基本的に毎年同じスケジュールで執り行われます。7月1日は祭りの始まりとなる日です。飾り山笠への「ご神入れ」が行われ、櫛田神社の神官がスケジュールに沿って各山笠を回り神事を斎行します。これにより山笠は一般に公開され、街は祭りの雰囲気に包まれます。

7月9日には、各流の舁き手が揃って行う「全流お汐井とり」が行われます。1日の当番町お汐井と同じく、箱崎浜にて山笠のお清めの海砂(お汐井)を竹籠にすくう行事です。各流ごとに午後6時から7時過ぎにかけて箱崎浜へ行き、沈む夕日に柏手を打ち安全を祈願します。その後、帰路は筥崎宮、櫛田神社へと参拝します。

7月11日は、1日に2回山笠が舁かれる唯一の日です。午前5~6時の早朝にかけて舁き出される朝山では、功績のあった年寄りが招かれて酒や肴がふるまわれます。祝儀山笠とも呼ばれ、招かれた総代らは帷子(かたびら)に角帯を締めて出席し、台上がりは白麻の半纏(はんてん)を着用するのが慣わしです。当番町の子供たちもこの日だけは山笠の「杉壁」内に乗せてもらえます。
また夕刻には、他流舁きが行われます。流の外に出るところがその名の由来です。櫛田神社の清道を回る「櫛田入り」に向けた稽古を行う流もあります。
7月12日は、追い山笠ならしが行われます。追い山笠のリハーサルであり、一番山笠から順番に「櫛田入り」して、ゴールである奈良屋町角の廻り止めまでを全力で舁きます。約4キロにわたるコースです。一番山笠は追い山笠と同じく、「櫛田入り」の際に、山笠を止めて「博多祝い唄」を歌うことが認められています。「櫛田入り」「全コース」とも所要時間が計測されます。
Pontafon(wikipedia CC 表示 3.0)7月14日の流舁きでは、各流の山笠がそれぞれの区域内を舁き廻ります。15日の追い山笠では慣れた若手やベテランの舁き手が交代で山笠に付くため、未熟な舁き手にとっては、山笠を舁ける最後のチャンスです。また、「櫛田入り」の稽古をする流もあります。

午前4時59分、大太鼓の合図とともに櫛田神社に集まった各流の「舁き山笠」が一番山から順に「櫛田入り」します。一番山笠は清道旗を回った後にいったん止まり、見物客も参加して「博多祝い唄」を大合唱します。この「博多祝い唄」は一番山笠だけに認められた特権です。
歌い終わると、山笠は約5キロにおよぶ「追い山笠コース」を疾走してタイムを競い合います。
山笠が抜けた櫛田神社では、午前6時から能舞台にて、荒ぶる神様を鎮める「鎮めの能」が演じられます。明治30年代までは、七流のうち一流が山笠行事を休んで奉仕していました。
追い山笠が終わると山笠はそれぞれの当番町に帰り、直ちに解体され、これをもって博多祇園山笠のすべての行事が終了となります。
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