二◯加煎餅をモチーフとした御朱印帳 | 櫛田神社 - 神社ファン

有名度

関脇

櫛田神社

くしだじんじゃ

福岡県福岡市博多区上川端町1−41

😞 🙁 😐 🙂 😄

二◯加煎餅をモチーフとした御朱印帳

更新日:2026年10月26日

二◯加煎餅をモチーフとした御朱印帳

櫛田神社には、一風変わったオリジナルの御朱印帳があります。黄色をベースに赤い半面が大きくデザインされた「にわかデザイン」の御朱印帳で、福岡を代表する銘菓「二〇加煎餅(にわかせんぺい)」をモチーフにしています。神社の社殿や神紋などを描いた御朱印帳とは雰囲気が異なり、ひと目で博多らしさを感じられるデザインです。
二〇加煎餅は、明治39年(1906)創業の東雲堂が販売する博多を代表する銘菓です。このお菓子の特徴的な形は、博多に古くから伝わる郷土芸能「博多仁和加(はかたにわか)」で使用される半面をかたどっています。目の周囲を覆う独特な形の面が煎餅に表現され、現在では博多土産として広く親しまれています。
御朱印帳にも、この二〇加煎餅でおなじみの半面が大きく描かれています。つまり、この御朱印帳のデザインをたどっていくと、二〇加煎餅だけでなく、そのモデルとなった博多仁和加という博多の伝統文化へとつながっていきます。
御朱印帳
博多仁和加は、福岡市指定無形民俗文化財に指定されている伝統的な郷土芸能です。「ぼてかづら」と呼ばれる張り子のかつらを頭にかぶり、目の周囲を覆う「半面」を着けて演じる独特の姿で知られています。
かつては複数の演者による即興劇「段物」、2人が台詞を応酬する「掛合い仁和加」、1人で演じる「一人仁和加」などが行われていました。現在では、それらのオチの部分が独立した「一口仁和加」が主流となっています。博多弁を使い、身近な話題などを取り入れながら、最後に洒落や機知を利かせたオチをつけるところが特徴です。
博多仁和加の起源については諸説あります。伝承のひとつでは、江戸時代の寛永年間、藩主・黒田忠之の頃、お盆の夜に博多の人々が提灯の両縁を取り除いて顔を隠し、町を歩いたことに始まるとされています。通行人に出会うと軽口や謎かけを仕掛けて人々を笑わせ、それが次第に「仁和加」と呼ばれるようになったと伝えられています。
一方、博多仁和加には別の起源説も伝わっています。福岡市文化財情報では、黒田如水・長政父子が播磨国一宮・伊和大明神で行われていた「悪口祭」を博多へ移し、藩政に役立てたことに始まるという口承を紹介しています。また「にわか」という芸能自体は、18世紀半ばから大阪・京都・江戸で流行し、全国各地へ伝わったと考えられています。
「ぼてかづら」と「半面」という博多仁和加独特の姿にも長い歴史があります。江戸時代の資料には紙の張り子で作られた「ぼてかづら」を着用する記録があり、かつて全国各地の「にわか」で見られたこうした姿は、現在では博多仁和加に受け継がれています。
櫛田神社の「にわかデザイン」の御朱印帳は、単に福岡の有名なお菓子を描いたものではありません。二〇加煎餅、そのモデルとなった博多仁和加へとつながる、博多の歴史と文化を感じられる御朱印帳です。
櫛田神社には、このほかにも博多祇園山笠をデザインしたオリジナル御朱印帳があります。博多の総鎮守である櫛田神社らしく、博多を代表する祭りや郷土文化を御朱印帳のデザインにも取り入れているところが大きな特徴です。

この記事を0人の方がいいねといっています



スポンサーリンク

櫛田神社の人気記事