蒙古軍の碇石 | 櫛田神社 - 神社ファン

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関脇

櫛田神社

くしだじんじゃ

福岡県福岡市博多区上川端町1−41

蒙古軍の碇石

更新日:2025年7月21日

蒙古の軍船が使用したとされる碇石

櫛田の銀杏の根元には、蒙古の軍船が使用したと考えられている2点の碇石(いかりいし)が置かれています。角柱状の石で中央部が最も広く、両端がやや狭い形状です。表面には粗い加工痕があり、中央部には広狭2つの枠帯・溝が掘り込まれています。これは碇として固定するための工夫と考えられます。
南側に位置する碇石は、長さ226センチ、推定重量230キロ、花崗岩製のものです。博多区御供所町の地下16尺から出土したと伝えられています。一方、東側に位置する碇石は、長さ252.5センチ、推定重量350キロの砂岩製であり、こちらの出土地は不明です。2点とも福岡県の指定文化財となっています。
蒙古軍の碇石 一つ目
これらの碇石の正確な年代を特定する資料はありませんが、同様の碇石の中には供養塔に転用され、正安4年(1302年)や延文3年(1358年)の年号が彫られたものがあります。このことから、少なくとも14世紀にはすでに元の用途から転用されていたと考えられます。そのため、1274年と1281年の二度にわたる蒙古襲来の際に元の軍船に使用されていた可能性が高いとされていますが、平安時代以来頻繁に来航していた宋の商船に装着されていた可能性も否定できません。
なお、現在確認されている同様の碇石の中で最も大きいものは、佐賀県呼子町可部島にある全長320センチのものです。櫛田神社から車で1時間30分ほど離れた場所にある田島神社の境内に安置されています。
蒙古軍の碇石 二つ目

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