鳥居・楼門 | 速谷神社 - 神社ファン

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速谷神社

はやたにじんじゃ

広島県廿日市市上平良308番地の1

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鳥居・楼門

更新日:2026年9月14日

鳥居・注連縄柱

境内入口に立つ大きな一の鳥居は、2021年(令和3年)に建て替えられたものです。先代の鳥居は1972年(昭和47年)に建立され、約半世紀にわたって速谷神社の入口を守ってきました。しかし、長年の風雨によって老朽化が進み、笠木から石片が落下するなど安全面での問題も生じていました。
速谷神社では2024年(令和6年)に創建1800年を迎えるにあたり、記念事業として境内の大規模な整備を計画しました。一の鳥居の建て替えはその主要事業の一つで、2021年に新しい鳥居が完成しています。11月1日には完成を奉告する祈願祭が斎行され、氏子や崇敬者らによる「くぐり初め」も行われました。
先代の鳥居は高さ8.2mでしたが、現在の鳥居は10.6m。高さだけでも2.4m大きくなり、面積規模では従来の約1.8倍となりました。道路側から境内へ向かうと、参道の入口にそびえる大鳥居の大きさがよく分かります。2024年の創建1800年という大きな節目を記念して造られた、速谷神社の新しい象徴の一つです。
鳥居
鳥居のすぐ後方には、太い注連縄を渡した一対の注連縄柱が立っています。一般的な鳥居とは異なり、2本の柱の間に注連縄を張った簡素な形で、鳥居と並んで参道入口の印象的な景観をつくっています。
一の鳥居と注連縄柱を抜けると、参道は御社殿へ向かってまっすぐ延びています。その正面に構えるのが楼門です。入口から一の鳥居、注連縄柱、楼門、神門、御社殿と建造物が一直線上に続き、参拝するにつれて次第に御社殿へ近づいていく境内構成となっています。
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楼門

参道の正面に建つ楼門は木造で、1983年(昭和58年)に建立されました。朱塗りではなく木材の色を生かした落ち着いた外観で、一の鳥居を抜けて参道を進むと正面に重厚な姿を見せます。
楼門で特に注目したいのが、建物を支える4本の大柱です。この柱には、もとは1本だった檜の巨木を四等分した材が使われたと伝えられています。1本の巨木から4本の主要な柱を取ったという、使用された木材そのものにも特徴がある楼門です。楼門を訪れた際には、建物全体だけでなく足元から立ち上がる太い柱にも注目したいところです。
楼門Taisyo(wikipedia CC BY 3.0)
扉には速谷神社の神紋である「三つ盛亀甲に花菱」があしらわれています。楼門をくぐると、その先にはさらに神門が設けられ、神門の奥に御社殿が鎮座します。楼門から直接御社殿へ入るのではなく、もう一つ門を経て御社殿へ至るところも、参道を歩く際に確認しておきたい特徴です。
楼門の左手前には、「國幣中社速谷神社」と刻まれた大きな社号標が立っています。この文字を揮毫したのは、広島藩最後の藩主で、明治以降は侯爵となった浅野長勲です。
速谷神社 楼門 正面
速谷神社は平安時代の『延喜式神名帳』に記載された式内社で、安芸国では唯一の名神大社に列した古社です。さらに大正13年(1924年)には国幣中社に列格しました。社号標に刻まれた「國幣中社」の文字は、近代に速谷神社が国から重要な神社として位置づけられていた時代を現在に伝えるものです。
楼門からみえる鳥居
楼門が建立された1983年から約40年後には、創建1800年を記念して一の鳥居が新しくなりました。そのため現在の参道では、1983年建立の楼門、2021年建立の一の鳥居、そして近代の社格を伝える社号標を一度に見ることができます。それぞれが異なる時代に整備されたものであり、境内入口から御社殿へ進みながら、速谷神社の歴史の積み重なりをたどれるのも見どころです。

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