宇受賀命神社 - 神社ファン

有名度

前頭

宇受賀命神社

うつかみことじんじゃ

島根県隠岐郡海士町宇受賀747番地

島根県隠岐郡海士町宇受賀747番地

鳥居と社殿

asaminat(wikipedia CC0)

かんたんご利益

  • 恋愛
  • 仕事
  • 子供
  • 安全
  • 家庭
宇受賀命神社には

「恋愛系」「仕事系」「子供系」「安全系」「家庭系」

のご利益があります。
※かんたんご利益はご利益をジャンル毎に分けわかりやすく表示したものです。
※バイカラー(2色)になっているご利益は摂末社やお守り、御神木など本殿以外のご利益です。
※光っているご利益は特に有名なご利益です。

ご利益

五穀豊穣 海上安全 家内安全 安産 縁結

御祭神

宇受賀命 うづかみこと

神社系統

この神社の主な系統は

「不明(1柱)」

です。
※系統は御祭神や由緒による神社の分類です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。

由緒・歴史 | 特徴

宇受賀命神社は島根県隠岐郡海士町に鎮座する神社。御祭神は宇受賀命の1柱をまつる。
社格は名神大社で旧郷社。
創建年代は詳らかではない。史料上の初見は、仁明天皇の承和9年(842年)に『続日本後紀』に記された記事であり、隠岐国の由良比女命神、水若酢命神とともに、官社に預かった神として宇受賀命神の名が見える。
宇受賀命は、宇須賀宮、宇津賀大明神などとも称された。元禄16年(1703年)の『島前村々神名記』には、祭神を倉稲魂命とする記載も残されている。
伝承では、宇受賀命は西ノ島の大山神社の神と、比奈麻治比賣命をめぐって争ったとされる。比奈麻治比賣命は勝った神に嫁ぐとされ、両島の神は礫を投げ合い、宇受賀命が勝利し、比奈麻治比賣命は宇受賀命に嫁いだと伝えられている。
貞享5年(1688年)の『増補隠州記』には、嘉吉年中に炎上し、縁起が焼失したことが記されている。大正頃の社蔵記録には、かつて現在地の北方約270m、海面から約10m余の断崖上に鎮座していたとの記録が残る。
中世には祭祀料や田地の寄進が続いた。文明7年(1271年)には田荘と目代から田地2段が寄進され、明徳4年(1392年)には源満重から正月分および修理料として田地が寄進された。嘉吉2年(1442年)には社領が安堵され、天正10年(1582年)には隠岐守護代の佐々木経清が田地を寄進した。
近世には社領10石を有した。寛文7年(1667年)の『隠州視聴合紀』には、鳥居や瑞垣を備えた社頭の様子が記されている。明治5年(1872年)10月、郷社に列した。
本殿は大正6年(1917年)に造替されたもので、隠岐造、銅板葺、桁行3間の建物である。海士町指定有形文化財の建造物に指定されている。また、大般若経434巻も海士町指定有形文化財の書跡として伝えられている。
例祭日は7月11日である。1月1日の歳旦祭では、アゴ、すなわち飛魚に似せた小石を本殿から海岸方向へ投げる「あご石神事」が行われる。由来は明らかではない。
  • 郷社
  • 名神大社
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神社詳細

摂末社・境内社

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例祭

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文化財

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建築

本殿 隠岐造銅板葺

神紋

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出典
Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%AE%87%E5%8F%97%E8%B3%80%E5%91%BD%E7%A5%9E%E7%A4%BE
島根県神社庁
https://www.shimane-jinjacho.or.jp/