有名度
前頭石座神社
いわくらじんじゃ
京都府京都市左京区岩倉上蔵町302
京都府京都市左京区岩倉上蔵町302

龍岳(wikipedia CC 表示-継承 4.0)
かんたんご利益
御祭神
東殿
八所大明神 はっしょだいみょうじん
西殿
十二所大明神 じゅうにしょだいみょうじん
神社系統
この神社の主な系統は
「不明(2柱)」
です。※系統は御祭神や由緒による神社の分類です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。
由緒・歴史 | 特徴
石座神社は京都府京都市左京区に鎮座する神社。御祭神は八所大明神、十二所大明神の2柱をまつる。
社格は旧村社。
創建年代は明らかではないが、元慶4年(880年)にはすでに岩倉の地に鎮座していたことが確認されている。当初の鎮座地は現在の岩倉西河原町にある山住神社(御旅所)の地であったと伝えられ、社殿を設けず磐座を崇める信仰形態が存在していたとされる。
天禄2年(971年)、大雲寺の造営に伴い、石座明神が鎮守神として現在地へ勧請された。長徳3年(997年)4月18日には神殿が新築され、石座明神に新羅・八幡・山王・春日・住吉・松尾・賀茂の七明神が合祀されて「八所明神」と称された。のちに西社が建てられると、さらに伊勢・平野・貴船・稲荷の四明神が加えられ、「十二所明神」と呼ばれるようになった。
天文15年(1546年)、大雲寺近辺での戦乱により兵火を受け、社殿および古文書を焼失した。その後、天文22年(1553年)に再興され、天正2年(1574年)に社殿が再建された。現在の社殿は明和3年(1766年)の改造築によって整えられたものである。
明治期の社名整理により、旧御旅所は山住神社と称され、八所・十二所明神社は石座神社へ改称された。さらに明治10年(1877年)に一言神社、明治11年(1878年)に福善社が境内へ合祀されている。
本殿は一間社流造で、東殿・西殿の両本殿は京都市登録有形文化財に登録されている。例祭は毎年10月23日の秋祭である。
社格は旧村社。
創建年代は明らかではないが、元慶4年(880年)にはすでに岩倉の地に鎮座していたことが確認されている。当初の鎮座地は現在の岩倉西河原町にある山住神社(御旅所)の地であったと伝えられ、社殿を設けず磐座を崇める信仰形態が存在していたとされる。
天禄2年(971年)、大雲寺の造営に伴い、石座明神が鎮守神として現在地へ勧請された。長徳3年(997年)4月18日には神殿が新築され、石座明神に新羅・八幡・山王・春日・住吉・松尾・賀茂の七明神が合祀されて「八所明神」と称された。のちに西社が建てられると、さらに伊勢・平野・貴船・稲荷の四明神が加えられ、「十二所明神」と呼ばれるようになった。
天文15年(1546年)、大雲寺近辺での戦乱により兵火を受け、社殿および古文書を焼失した。その後、天文22年(1553年)に再興され、天正2年(1574年)に社殿が再建された。現在の社殿は明和3年(1766年)の改造築によって整えられたものである。
明治期の社名整理により、旧御旅所は山住神社と称され、八所・十二所明神社は石座神社へ改称された。さらに明治10年(1877年)に一言神社、明治11年(1878年)に福善社が境内へ合祀されている。
本殿は一間社流造で、東殿・西殿の両本殿は京都市登録有形文化財に登録されている。例祭は毎年10月23日の秋祭である。
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神社詳細
摂末社・境内社
情報募集
例祭
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文化財
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建築
本殿 一間社流造
神紋
情報募集
出典
Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%9F%B3%E5%BA%A7%E7%A5%9E%E7%A4%BE_(%E4%BA%AC%E9%83%BD%E5%B8%82)
京都府神社庁
http://www.kyoto-jinjacho.or.jp/
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E7%9F%B3%E5%BA%A7%E7%A5%9E%E7%A4%BE_(%E4%BA%AC%E9%83%BD%E5%B8%82)
京都府神社庁
http://www.kyoto-jinjacho.or.jp/
