樹下神社 滋賀県大津市北小松 - 神社ファン

有名度

前頭

樹下神社

じゅげじんじゃ

滋賀県大津市北小松914

滋賀県大津市北小松914

鳥居

イココ (wikipedia CC 表示-継承 4.0)

樹下神社以外にも 十禅師社 とも呼ばれます。


かんたんご利益

  • 子供
樹下神社には

「子供系」

のご利益があります。
※かんたんご利益はご利益をジャンル毎に分けわかりやすく表示したものです。
※バイカラー(2色)になっているご利益は摂末社やお守り、御神木など本殿以外のご利益です。
※光っているご利益は特に有名なご利益です。

ご利益

安産 子育て

御祭神

神社系統

この神社の主な系統は

樹下系

です。
※系統は御祭神や由緒による神社の分類です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。

由緒・歴史 | 特徴

樹下神社は滋賀県大津市に鎮座する神社。御祭神は鴨玉依姫命の1柱をまつる。
社格は旧村社。
創祀年代は不詳である。伝承では、天元5年(982年)に佐々木成頼が日吉山王上七社の一つである十禅師を当地に勧請したことに始まるとされる。当時、岡島の渡合と呼ばれる地に妖怪が出没して旅人を害したため、成頼がこれを憂い、日吉十禅師に祈願したところ妖怪を退治できたという伝承が残されている。この出来事を契機として、天元5年(982年)に日吉十禅師を当地へ分祭したと伝えられる。
一方、別の記録では、寛喜2年(1230年)に伊藤丹後守祐治が伊豆国から近江国へ移住し、仁治2年(1241年)に小松庄を草創した際、不測の神感を蒙ったことから日吉十禅師権現と天満宮の両社を再造したとされる。社家は伊藤氏が務め、伝えでは寛喜2年(1230年)に神官となったという。
以後、当社は近江国守護職を務めた佐々木氏の崇敬を受け、社勢は次第に整えられていった。しかし、元亀の争乱期である16世紀後葉には、織田信長の軍勢によって大きな被害を受け、社頭は壊滅的な打撃を被ったとされる。その後、天正年間に規模を縮小しつつ社殿が再建された。
明治期に入ると神仏分離が行われ、日吉山王信仰に基づく十禅師は廃され、十禅師社は樹下宮と改称された。これに伴い、当社も明治3年(1870年)に社号を樹下神社へ改め、祭神も変更された。明治9年に村社に列し、明治41年には神饌幣帛料供進社に指定されている。
祭事としては、例祭が毎年4月25日に近い日曜日に執り行われている。
  • 村社
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出典
Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%A8%B9%E4%B8%8B%E7%A5%9E%E7%A4%BE_(%E5%A4%A7%E6%B4%A5%E5%B8%82%E5%8C%97%E5%B0%8F%E6%9D%BE)
滋賀県神社庁
http://www.shiga-jinjacho.jp/