有名度
関脇二見興玉神社
ふたみおきたまじんじゃ
三重県伊勢市二見町江575
夫婦岩を詠んだ石碑
更新日:2026年6月25日
二見興玉神社の境内には、本居宣長、中村九一、阿波野青畝、小路紫峡、山口誓子などが夫婦岩を題材に詠んだ歌や句を刻んだ石碑が建てられています。
古くから二見浦は景勝地として知られ、多くの歌人や俳人が訪れてきました。夫婦岩は単なる名勝ではなく、興玉神石を遥拝する神聖な岩であり、その美しい景観と信仰的な意味合いが数多くの作品を生み出してきました。
境内を巡りながら石碑に刻まれた歌や句を読むと、時代ごとに異なる人々の視点から夫婦岩の魅力を感じることができます。
夫婦はなかよく くらせといふらん
昭和19年(1944年)に建立された石碑です。
歌には、いつ訪れても変わることのない夫婦岩の姿に、夫婦和合の理想を見る作者の思いが込められています。寄り添うように立つ夫婦岩は古くから夫婦円満の象徴として親しまれており、その変わらぬ姿が夫婦仲良く暮らすことの大切さを語りかけているかのようです。
作者の中村九一は、本名を中村九一郎という歌人・教育者で、大阪経済大学教授を務めました。
俳人・山口誓子の句を刻んだ石碑です。
昭和62年(1987年)正月、山口誓子が二見興玉神社を参拝した際、当時の宮司から「今朝は夫婦岩の間に富士山が見えました」と聞き、その場で詠んだ句と伝えられています。
夫婦岩は興玉神石を遥拝する鳥居として知られていますが、この句では夫婦岩と富士山が重なる景観を「初富士の鳥居」と表現しています。夫婦岩越しに望む富士山という二見浦ならではの絶景を巧みに表した一句です。
山口誓子は昭和を代表する俳人として知られています。
妹背の岩の かたき契りは
本居宣長が寛政12年(1800年)に詠んだ歌を刻んだ石碑です。歌には、たとえ荒波が押し寄せても夫婦岩の固い契りは変わらないという思いが込められています。
二見浦の美しい景観と夫婦岩の神聖さを表現した歌として知られており、現在も多くの人に親しまれています。
本居宣長は伊勢国松坂の出身で、『古事記伝』を著したことで知られる江戸時代を代表する国学者です。
俳人・小路紫峡による句を刻んだ石碑です。
夏至祭の早朝、夫婦岩の間から昇る朝日によって徐々に明るくなっていく二見浦の神秘的な風景が詠まれています。現在も夏至の時期になると多くの参拝者が訪れ、夫婦岩の間から昇る御来光を拝みます。
小路紫峡は大正15年(1926年)生まれの俳人で、「ひいらぎ」を主宰しました。夫婦岩の代表的な景観を詠んだ句として石碑が建立されています。
俳人・阿波野青畝の句を刻んだ石碑です。
この句は、新年の朝に海から昇る初日が夫婦岩を照らす神々しい光景を詠んだものです。二見浦の荘厳な景観と、新しい一年の始まりを迎える感動が表現されています。
阿波野青畝は奈良県出身の俳人で、高浜虚子に師事した昭和を代表する俳人の一人です。夫婦岩と初日の出の魅力を伝える句として、多くの参拝者の目を引いています。
古くから二見浦は景勝地として知られ、多くの歌人や俳人が訪れてきました。夫婦岩は単なる名勝ではなく、興玉神石を遥拝する神聖な岩であり、その美しい景観と信仰的な意味合いが数多くの作品を生み出してきました。
境内を巡りながら石碑に刻まれた歌や句を読むと、時代ごとに異なる人々の視点から夫婦岩の魅力を感じることができます。
中村九一の石碑
いつみても かはらぬ伊勢の 二見岩夫婦はなかよく くらせといふらん
昭和19年(1944年)に建立された石碑です。
歌には、いつ訪れても変わることのない夫婦岩の姿に、夫婦和合の理想を見る作者の思いが込められています。寄り添うように立つ夫婦岩は古くから夫婦円満の象徴として親しまれており、その変わらぬ姿が夫婦仲良く暮らすことの大切さを語りかけているかのようです。
作者の中村九一は、本名を中村九一郎という歌人・教育者で、大阪経済大学教授を務めました。

山口誓子の石碑
夫初富士の 鳥居ともなる 夫婦岩俳人・山口誓子の句を刻んだ石碑です。
昭和62年(1987年)正月、山口誓子が二見興玉神社を参拝した際、当時の宮司から「今朝は夫婦岩の間に富士山が見えました」と聞き、その場で詠んだ句と伝えられています。
夫婦岩は興玉神石を遥拝する鳥居として知られていますが、この句では夫婦岩と富士山が重なる景観を「初富士の鳥居」と表現しています。夫婦岩越しに望む富士山という二見浦ならではの絶景を巧みに表した一句です。
山口誓子は昭和を代表する俳人として知られています。

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本居宣長の石碑
変わらじな 波は越ゆとも二見潟妹背の岩の かたき契りは
本居宣長が寛政12年(1800年)に詠んだ歌を刻んだ石碑です。歌には、たとえ荒波が押し寄せても夫婦岩の固い契りは変わらないという思いが込められています。
二見浦の美しい景観と夫婦岩の神聖さを表現した歌として知られており、現在も多くの人に親しまれています。
本居宣長は伊勢国松坂の出身で、『古事記伝』を著したことで知られる江戸時代を代表する国学者です。

紫峡の石碑
夏至祭の しののめ明り 夫婦岩俳人・小路紫峡による句を刻んだ石碑です。
夏至祭の早朝、夫婦岩の間から昇る朝日によって徐々に明るくなっていく二見浦の神秘的な風景が詠まれています。現在も夏至の時期になると多くの参拝者が訪れ、夫婦岩の間から昇る御来光を拝みます。
小路紫峡は大正15年(1926年)生まれの俳人で、「ひいらぎ」を主宰しました。夫婦岩の代表的な景観を詠んだ句として石碑が建立されています。

青畝の石碑
大初日 二見の巌を 抱擁す俳人・阿波野青畝の句を刻んだ石碑です。
この句は、新年の朝に海から昇る初日が夫婦岩を照らす神々しい光景を詠んだものです。二見浦の荘厳な景観と、新しい一年の始まりを迎える感動が表現されています。
阿波野青畝は奈良県出身の俳人で、高浜虚子に師事した昭和を代表する俳人の一人です。夫婦岩と初日の出の魅力を伝える句として、多くの参拝者の目を引いています。

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