有名度
小結荏柄天神社
えがらてんじんしゃ
神奈川県鎌倉市二階堂74
菅公一千年祭記念碑・尾崎迷堂句碑
更新日:2026年5月23日
菅公一千年祭記念碑
「菅公一千年祭記念碑」は、荏柄天神社の参道を進み、神門へと続く石段を上る手前左側、桜の木のそばに建てられています。明治35年(1902年)、御祭神・菅原道真公の没後千年(千年忌)を記念して建立された石碑であり、同社の長い歴史と信仰の深さを今に伝える記念物です。建立の背景には、学問の神として広く信仰される道真公への報恩と、学芸上達を願う人々の祈りがあります。荏柄天神社は鎌倉時代から東国における天神信仰の中心として厚く崇敬され、鎌倉幕府以来、学問と文化の守護神として人々の信仰を集めてきました。その道真公の没後千年にあたる節目の年、氏子や崇敬者たちが一致してこの碑を建立し、信仰の証として後世に残したものです。
記念碑は参道の中央からやや左手に位置し、参拝者が本殿へ向かう際に必ず目に入る場所にあります。そのため、碑は“参拝の出発点”として象徴的な存在感を放ち、境内の風景の中でも印象的な要素となっています。周囲の桜や松の緑と調和した佇まいは美しく、特に春には桜越しに碑を望む光景が映えるため、写真撮影の名所としても人気があります。
石碑には「菅公一千年祭」の文字と建立年が刻まれ、当時の氏子・崇敬者による奉納の記録も残されています。石材の表面は風雨を受けて年月を重ね、苔むした質感が神社の歴史の深みを感じさせます。

尾崎迷堂句碑
尾崎迷堂(おざきめいどう)は、鎌倉の杉本寺、逗子の神武寺、大磯の高麗寺慶覚院の住職を務めた僧侶です。俳人としても広く知られています。句碑の一面には「荏柄天満天神献詠 鎌倉右大臣実朝の忌なりけり 迷堂」、もう一面には「大慈咲き 大悲さきたる さくらかな 迷堂」と刻まれています。
この記事を0人の方がいいねといっています
スポンサーリンク
荏柄天神社の人気記事
-
授与品・絵馬・おみくじ・御朱印・御朱印帳この記事を0人が評価
-
神門この記事を0人が評価
-
拝殿・本殿・御祭神・ご利益この記事を0人が評価
