筆塚・神輿庫・神楽殿 | 永谷天満宮 - 神社ファン

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永谷天満宮

ながやまてんまんぐう

神奈川県横浜市港南区上永谷5ー1ー5

筆塚・神輿庫・神楽殿

更新日:2025年12月3日

筆塚

歌碑が刻まれている筆塚は、拝殿に向かって右手に鎮座しています。一般に筆塚とは、書道に用いる筆や道具を供養するための塚であり、学問・文章の神として信仰される菅原道真公を祀る天満宮には、筆塚が設けられる例が多く見られます。
筆塚

神輿庫

永谷天満宮の境内には、歴史的に貴重な神輿(みこし)を収める神輿庫があります。この神輿庫には、1772年(安永9年)に造られた神輿が納められており、江戸時代の信仰の深さと永谷天満宮の格式を伝える重要な建物です。江戸時代は学問が奨励され、天満宮は特に多くの人々から崇敬を集めていた時代でした。永谷天満宮もその例外ではなく、御祭神・菅原道真公への信仰が高まり、地域を越えて広く敬われていました。
神輿庫
とくに注目されるのは、徳川10代将軍・徳川家治の時代に、老中・田沼意次が永谷天満宮に深い関心を寄せたことです。田沼意次は、永谷天満宮の御神体が、道真公自らが刻んだと伝わる木像であることを将軍に紹介しました。その結果、1781年(天明2年)には御神体を神輿に乗せ、江戸城へ招き入れて将軍の拝礼を受けたと伝えられています。
この出来事は、永谷天満宮が地域の信仰を超えて江戸幕府の中枢からも重要視されていたことを示すものです。神輿庫に納められた安永年間の神輿は、こうした歴史を今に伝える貴重な文化資料であり、永谷天満宮の歴史の深さを象徴しています。
神輿庫の説明版

神楽殿

囃子や舞が奉納されています。「節分祭」の際には豆まきが、「春季例祭」の際には湯立神事が行われています。
神楽殿

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