御神牛・鷽の碑・五歳菅公像 | 亀戸天神社 - 神社ファン

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亀戸天神社

かめいどてんじんじゃ

東京都江東区亀戸3-6-1

御神牛・鷽の碑・五歳菅公像

更新日:2025年11月22日

亀戸天神社境内には御神牛、鷽の碑、五歳菅公像が並び立っています。いずれも御祭神・菅原道真公の生涯や御神徳に深く結びついた存在であり、亀戸天神の中でもとりわけ「天満宮の心」を今に伝える象徴といえます。

御神牛

亀戸天神社の御本殿左手には、「御神牛(ごしんぎゅう)」と呼ばれる撫で牛の像が鎮座しています。参拝者がこの牛に親しく触れると病が治り、知恵を授かるといわれており、境内でも特に人気の高い信仰対象です。現在の御神牛は、1961年(昭和36年)に御鎮座三百年式年を記念して奉納されたものです。
神牛殿
御祭神・菅原道真公は牛と深い縁を持つことで知られています。道真公は845年(承和12年)6月25日の乙丑(きのとのうし)の日にお生まれになり、丑年・丑の日生まれであったことから、牛はその生涯と象徴的に結びついてきました。太宰府に左遷される際には、白牛の鳴き声によって刺客から難を逃れたと伝えられ、また、亡くなられた際には御遺体を乗せた牛車が途中で動かなくなった場所が墓所と定められ、そこに太宰府天満宮が建てられたといわれています。こうした逸話から、牛は天神さまの御使いとして崇められ、各地の天満宮に「撫で牛」が祀られるようになりました。
御神牛
参拝の作法は、自分の体の不調や願い事に関係する部位と同じ箇所を牛の体で撫でるというものです。たとえば頭を撫でれば学問成就・合格祈願、体を撫でれば病気平癒・健康長寿のご利益があるとされます。撫でることで天神さまの御力を授かり、心身の清めと願いの成就を祈る信仰です。
亀戸天神社の御神牛は青銅製で、長年多くの人々に撫でられ続けたため、体の表面は艶やかに光り、まるで生命を宿しているかのような温かみを感じさせます。受験を控えた学生や病気平癒を願う参拝者など、季節を問わず人が絶えません。

鷽の碑

境内には、「鷽の碑(うそのひ)」と呼ばれる石碑があります。場所は本殿に向かって左側にあり、天神さまの信仰と深く結びついた「鷽替え(うそかえ)神事」を象徴する碑として知られています。
この石碑は、1940年(昭和15年)の紀元二千六百年記念に際し、氏子中の「相五睦」によって奉納されたものです。碑面には「いままでのあしきも うそとなり」と刻まれており、これまでの悪しきことを“嘘”として過去に流し、良き運を招くという信仰の心を表しています。
鷽(うそ)は冬に見られる小鳥で、スズメ目アトリ科ウソ属に分類されます。「嘘」という言葉と同音であることから、「災厄を嘘にして幸福に替える」という縁起に結びつき、古くから天神信仰の象徴とされてきました。
亀戸天神社では毎年1月に「鷽替え神事」が行われ、木彫りの鷽を新しいものに替えることで、前年の災いを祓い、吉運を招くとされています。その際、「鷽の碑」の前には古い鷽を納める奉納所が設けられ、参拝者が次々と木鷽を手に願いを込める光景が広がります。
天神信仰の「真実を守り、嘘を祓う」という象徴として建てられたこの鷽の碑は、今も多くの参拝者に親しまれ、亀戸天神社の新年の風物詩を支える存在となっています。
鷽の碑

五歳菅公像

鷽の碑の左手には、幼少の菅原道真公をかたどった「五歳菅公像(ごさいかんこうぞう)」が建立されています。像は五歳の道真公を端正に表現した青銅製で、境内の見どころのひとつとして親しまれています。
この像は、1977年(昭和52年)に「道真公神忌一千七十五年大祭」を記念して奉納されたものです。台座には、道真公が五歳の時に詠んだと伝わる和歌、
「美しや 紅の色なる梅の花 あこが顔にも つけたくぞある」
が刻まれています。この歌は、幼少期から非凡な詩才を発揮した道真公の才能を象徴するものであり、後に「学問の神」として崇められるゆえんを伝える逸話として知られています。
五歳菅公像は、道真公の幼少の純真さと学問への志を今に伝える象徴として、訪れる参拝者に深い感銘を与えています。鷽の碑や御神牛とあわせて参拝すれば、亀戸天神社の天神信仰の原点にふれることができるでしょう。
五歳菅公像

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