末社 御嶽神社・太助灯篭・神楽殿・おいぬ様 | 亀戸天神社 - 神社ファン

有名度

小結

亀戸天神社

かめいどてんじんじゃ

東京都江東区亀戸3-6-1

末社 御嶽神社・太助灯篭・神楽殿・おいぬ様

更新日:2025年11月22日

御嶽神社

亀戸天神社の御嶽神社(みたけじんじゃ)は、御本殿の東側、心字池のほとりに鎮座する小社です。1669年(寛文9年)に太宰府天満宮から勧請されたと伝わり、古くは「亀戸妙義社」とも呼ばれていました。御祭神は菅原道真公の師である法性坊尊意僧正で、卯日の卯の刻に亡くなったことから「卯の神」として崇敬されています。
御嶽神社 鳥居と社殿
卯の神は東の方角や日の出、始まりを象徴する神であり、火災除け・雷除け・商売繁盛・開運出世など、あらゆる災厄を祓う守護神として信仰されています。毎年1月の初卯・二の卯・三の卯の日には、邪気を祓う縁起物「卯槌(うづち)」と「卯の神札」が授与され、多くの参拝者が訪れます。
現在の社殿は、菅原道真公御神忌一〇七五年大祭の記念事業として1976年(昭和51年)に再建されたものです。朱塗りの社殿が池の水面に映え、周囲の藤棚や梅の木とともに穏やかな景観をつくり出しています。大鳥居をくぐり、三橋を渡って御本殿へ向かう途中、右手にある御嶽神社は、学びと開運、そして新たな始まりを祈る人々にとって欠かせない祈りの場です。
御嶽神社 社殿

太助灯篭

亀戸天神社の太助灯篭は、江戸中期の豪商・塩原太助が天明元年(1781)に奉納した石灯籠です。本来は二基が寄進されましたが、現在は御嶽神社の脇に一基が残り、太助の篤い信仰と地域奉仕を今に伝えています。灯籠は江東区登録有形文化財「石造燈籠(塩原太助奉納)」として登録されており、境内散策の重要な見どころです。大鳥居から三橋を渡って御本殿へ向かう途中、東側・御嶽神社前で足を止めると見つけやすく、藤や梅の季節には、池面や社の朱とともに絵になる構図を楽しめます。町人の寄進文化を今に伝える歴史資料として、参拝の合間にぜひご覧ください。
太助灯篭

神楽殿

亀戸天神社の神楽殿は、祭礼の際に神楽やお囃子、巫女舞などが奉納される境内の舞台です。場所は御本殿の右手(東側)、心字池のほとりにあり、隣には御嶽神社が鎮座しています。建物は池や藤棚、社殿の景観と調和する開放的な造りで、祭の舞台としてだけでなく、境内の風景を彩る存在です。
神楽殿
特に藤まつりの時期には、神楽殿で巫女舞や雅楽の奉納が行われ、池面や朱の橋、咲き誇る藤の花とともに華やかな景観を生み出します。新年の行事でも太鼓やお囃子の奉納があり、早朝から多くの参拝者で賑わいます。御嶽神社の左手に位置するこの神楽殿は、祭礼時の中心的な舞台として、亀戸天神社の伝統と四季の美を象徴する存在です。
藤まつりの神楽殿

おいぬ様

通称「おいぬさま」と呼ばれる小さな祠があります。場所は御嶽神社と神楽殿の裏手にあり、前掛けをつけた犬の石像が祀られています。この「おいぬさま」には塩を盛って祈願すると願いが成就するといわれ、病気平癒や怪我の快癒、さらには商売繁盛などを願う参拝者が訪れます。由来は明確ではありませんが、かつて災厄によって一体のみとなった境内社の狛犬を祀ったのではないかとも伝えられています。案内板などはほとんどなく、ひっそりと佇む“隠れスポット”的存在。境内を散策しながら、塩を供えて静かに祈る“塩祈願”を体験してみてはいかがでしょうか。
おいぬ様

この記事を0人の方がいいねといっています



スポンサーリンク

亀戸天神社の人気記事