強運厄除で超人気神社 | 小網神社 - 神社ファン

有名度

関脇

小網神社

こあみじんじゃ

東京都中央区日本橋小網町16-23

強運厄除で超人気神社

更新日:2025年8月1日

神社そのものが強運神社

小網神社は強運厄除のご利益が有名ですが、その理由は小網神社の歴史そのものが大きく関係しています。
小網神社 全体
創建時の奇跡
小網神社の創建は、室町時代の文正元年(1466年)と伝えられています。
当時、この地には 観世音菩薩と弁財天 を祀る小さな庵、萬福庵(まんぷくあん)がありました。ある夜、萬福庵の開基である 恵心僧都(えしんそうず) が、当時の庵主の夢枕に現れました。そして次のように告げたといいます。
「このお堂に、網師の翁を稲荷大神としてお祀りすれば、村を襲う疫病は鎮まるであろう。」
庵主はお告げに従い、翁を 小網稲荷大明神 として祀りました。すると不思議にも疫病は収まり、村は平穏を取り戻しました。この出来事が、小網神社創建の由来とされています。
小網神社 全体 提灯
関東大震災の奇跡
1923年(大正12年)9月、関東大震災が発生した際、小網神社の社殿は倒壊しました。宮司はただちに御神体を抱き、近くの新大橋へと避難しました。やがて町の人々も次々と新大橋に避難してきましたが、不思議なことに混乱は起こらず、橋が崩れることもなく、多くの命が救われたと伝えられています。
現在も新大橋のたもとには、当時の出来事を伝える避難記念碑が建っています。その碑文には、「小網神社の御神体を伏して拝み、加護を願った」と、当時の人々の祈りと状況が刻まれています。
新大橋東京名所絵葉書(wikipedia パブリック・ドメイン)
第二次世界大戦の奇跡
第二次世界大戦のさなか、小網神社の氏子たちが出征する際、神社で御祈祷を受け、お守りを授かりました。やがて彼らは戦地へ赴きましたが、驚くべきことに、出征した兵士全員が無事に生還したと伝えられています。
この奇跡の出来事をきっかけに、小網神社は「強運厄除の神社」として全国的に広く知られるようになりました。
第二次世界大戦の日本兵Morris W A (Sergeant)(wikipedia パブリック・ドメイン)
東京大空襲を免れた奇跡
1945年の東京大空襲では、東京の多くの地域が甚大な被害を受けました。しかし、小網神社は奇跡的に戦災を免れ、社殿と御神体は無事でした。
このことも、人々が小網神社を「強運の神様」と信仰する理由のひとつとなっています。
東京大空襲U.S. military photography(wikipedia パブリック・ドメイン)
疫病からはじまり、関東大震災、戦争、東京大空襲と歴史の危機を乗り越えた小網神社は、まさに「強運厄除の神様」として人々に信仰され続けています。

金運のご利益もある

小網神社は東京銭洗弁天ともよばれ、境内に湧く 「銭洗いの井」でお金を洗うと金運アップのご利益が頂けます。
この井戸は、神社の二之宮として祀られている 弁財天(市杵島比賣神) にゆかりのあるものです。弁財天は古くから 水と財福を司る神様 として信仰されてきました。かつて弁財天は、小網神社と同じ境内にあった萬福寺に祀られていました。しかし、明治時代の 神仏分離令 によって神社と寺院は分離され、その後、萬福寺は廃絶。1869年、弁財天は小網神社へと遷されました。もともと萬福寺の境内にあった「銭洗いの井」では、古くから お金を洗うと財運を授かる と伝えられており、小網神社の「強運」のご利益と相まって金運アップの銭洗弁財天として人気があります。
銭洗い弁財天の井

混雑に注意

周囲をビルに囲まれている小網神社は、道路に面した鳥居をくぐるとすぐ御社殿となります。強運厄除の御利益をいただこうと日々多くの参拝者が訪れており、平日でも道路には長い参拝列が作られ、警備員が整理に当たっています。参拝列は数百人に及ぶことも多く、1時間以上並ぶこともあるようです。また参拝の列と授与所の列は別となっているため、参拝後に御守や御朱印を授与していただくとかなりの時間を要します。
※写真は平日の午前中の様子です。
混雑している境内

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