塙嘉一郎・さざれ石・笠間稲荷美術館・瑞鳳閣 | 笠間稲荷神社 - 神社ファン

有名度

関脇

笠間稲荷神社

かさまいなりじんじゃ

茨城県笠間市笠間1番地

塙嘉一郎・さざれ石・笠間稲荷美術館・瑞鳳閣

更新日:2026年1月10日

塙嘉一郎大人像

笠間稲荷神社の境内に建てられている胸像は、「塙嘉一郎大人像」と呼ばれています。この像は、笠間稲荷神社の先々代宮司であった塙嘉一郎の功績を顕彰するために建立されたものです。
塙嘉一郎は、笠間稲荷神社の先々代の宮司であり、神社の発展だけでなく、笠間町(現在の笠間市)の発展に生涯を通して尽力した人物です。その功績は高く評価され、昭和44年(1969年)6月には笠間町名誉市民に選定されています。宮司としての活動にとどまらず、教育・文化・産業・厚生など多方面にわたって地域社会の振興に寄与しました。
塙嘉一郎の業績の中でも、とくに知られているのが菊まつりの創始です。明治41年(1908年)、当時の宮司であった塙嘉一郎は、日露戦争後の世情の中で人々の心をなごめることを願い、神社に農園部を開園しました。そこで菊の栽培と展示を行い、日本で最も古い菊の祭典とされる催しを開催しました。
この取り組みは、現在まで続く「笠間の菊まつり」の起源となり、110年以上にわたって受け継がれる笠間の秋の一大行事へと発展しています。塙嘉一郎大人像は、こうした神社と地域の文化を築いた人物の歩みを、今に伝える存在といえるでしょう。
塙嘉一郎大人像

さざれ石

笠間稲荷神社では、楼門の手前右手側に「さざれ石」が置かれています。参道沿いに位置しているため、参拝の際に目にしやすく、写真に収める参拝者の姿も見られます。国歌との関わりから、境内の見どころのひとつとして紹介されることもあります。
「さざれ石」とは、本来、小さな石が長い年月をかけて結びつき、ひとつの大きな岩となったものを指す言葉です。この語は日本の国歌である君が代の歌詞にも登場し、長寿や繁栄が末永く続くことを象徴する表現として用いられています。
さざれ石

笠間稲荷美術館

境内の裏手、道路を一本隔てた場所にあります。奈良・正倉院を模した建物で、開館は1981(昭和56)年。館内には、関東最古の焼き物である笠間焼が影響を受けた、中世六古窯(信楽・常滑・瀬戸・越前・丹波)の古陶器が展示されています。
また特別展や企画展も随時開催されており、常陸国で生まれた水墨画家・雪村の作品や、花鳥画家・上村淳之氏の作品などを見ることができます。
笠間稲荷美術館

瑞鳳閣

大正天皇御即位を記念し建てられました。設計は築地本願寺や平安神宮を設計した伊東忠太氏。1915(大正4)年に建築が始まり、1917(大正6)年に完成となりました。2階の天井には、笠間市出身の日本画家、木村武山氏による鶴が描かれています。
もとは藤棚の近くにあり、稲荷図書館として利用されていましたが、1995(平成7)年、資料保管庫として現在の位置に移築されました。移築の際、建物頂上の宝珠は鳳凰につけ替えられました。

この記事を0人の方がいいねといっています



スポンサーリンク

笠間稲荷神社の人気記事