新宮熊野神社 - 神社ファン

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新宮熊野神社

しんぐうくまのじんじゃ

福島県喜多方市慶徳町新宮熊野2258

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福島県喜多方市慶徳町新宮熊野2258

社殿

Zeter114514(wikipedia パブリック・ドメイン)

かんたんご利益

  • 健康
  • 安全
新宮熊野神社には

「健康系」「安全系」

のご利益があります。
※かんたんご利益はご利益をジャンル毎に分けわかりやすく表示したものです。
※バイカラー(2色)になっているご利益は摂末社やお守り、御神木など本殿以外のご利益です。
※光っているご利益は特に有名なご利益です。

ご利益

国土安泰 延命長寿 無病息災 海上安全

御祭神

熊野三山(家都御子神、熊野速玉大神、熊野夫須美大神) くまのさんざん(けつみこのかみ

神社系統

この神社の主な系統は

熊野系

です。
※系統は御祭神や由緒による神社の分類です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。

由緒・歴史 | 特徴

新宮熊野神社は福島県喜多方市に鎮座する神社。御祭神は熊野三山(家都御子神、熊野速玉大神、熊野夫須美大神)の1柱をまつる。
社格は旧県社。
社伝によれば、天喜3年(1055年)、前九年の役で陸奥へ向かった源頼義が、熊野堂村(現在の会津若松市河東町)に紀伊国の熊野三社を勧請したことに始まると伝えられる。
寛治3年(1089年)、後三年の役を終えた源義家は熊野新宮社を現在地へ遷して社殿を造営したと伝えられる。同時期に熊野本宮社は岩沢村、熊野那智社は宇津野村へ造営され、後に両社も新宮社へ遷座し、熊野三山の神々を一社にまつる現在の形となった。
最盛期には境内に300余りの末社や寺院、霊堂が建ち並び、100人を超える神職が奉仕したと伝えられる。12世紀末には越後の武将・城長茂による神領の押領で一時衰退したが、その後、源頼朝から200町歩の領田が寄進された。
奥州合戦後、佐原義連の孫・時連は神社北東に新宮城を築いて新宮氏を称し、約200年にわたり神器を寄進した。新宮氏が蘆名氏に滅ぼされると庇護を失い、16世紀後半の戦乱で社殿は荒廃した。
慶長年間(1596~1615年)には蒲生秀行から50石が寄進された。慶長16年(1611年)の会津地震で本殿を除く建物が倒壊し、慶長19年(1614年)に蒲生忠郷が旧材を用いて長床を再建した。江戸時代には会津藩主松平氏の祈願所となり、明治初期の神仏分離と廃仏毀釈では多くの仏像や文化財が失われた。
熊野神社長床は鎌倉時代前期の建築とされる茅葺の拝殿で、桁行9間、梁間4間、一重寄棟造の構造を持つ。直径約45cmの円柱44本が並ぶ開放的な建築で、昭和38年(1963年)に国の重要文化財に指定され、昭和46年(1971年)から昭和49年(1974年)にかけて解体修理と復元工事が行われた。
宝物殿には、暦応4年(1341年)の奉納銘を持つ国指定重要文化財の銅鉢をはじめ、仏像、神像、経典、鰐口、銅鐘などが収蔵されている。
長床前には樹齢約800年と伝わる大イチョウが立ち、喜多方市の天然記念物に指定されている。例年11月中旬から下旬には黄葉し、夜間ライトアップも行われる。
  • 県社
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神社詳細

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出典
Wikipedia
https://ja.wikipedia.org/wiki/%E6%96%B0%E5%AE%AE%E7%86%8A%E9%87%8E%E7%A5%9E%E7%A4%BE
福島県神社庁
https://fukushima-jinjacho.or.jp/