有名度
十両由利招魂社
ゆりしょうこんしゃ
秋田県由利本荘市尾崎8
秋田県由利本荘市尾崎8

かんたんご利益
御祭神
中山隆吉盛章命他3676柱命
神社系統
この神社の主な系統は
「不明(1柱)」
です。※系統は御祭神や由緒による神社の分類です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。
由緒・歴史 | 特徴
由利招魂社は秋田県由利本荘市に鎮座する神社。御祭神は中山隆吉盛章命他3676柱命をまつる。
明治9年(1876)、明治天皇が東北地方を巡幸された際、戊辰の役において秋田県内で戦死した英霊を弔うようにとの宣命と金幣が下賜された。これに感激した当時の由利郡民が、明治20年(1887)6月、旧本荘町出戸町字井戸尻に顕彰碑を建立したことが始まりである。
その後、日清・日露戦役において由利郡出身者からも多数の戦死者が出たことから、その英霊をまつるため、明治40年(1907)に本荘公園内へ現在の社殿を建立した。官祭本荘招魂社と称し、以後、毎年祭典が執り行われた。
さらに第一次世界大戦、満州事変、支那事変、大東亜戦争で戦死した英霊が合祀され、現在は3,676柱をまつる。昭和33年(1958)には奉賛会が結成され、平成元年(1989)には本荘由利郡民の協力によって幣殿を増築するとともに、社殿の大規模な改修が行われた。例祭は毎年4月29日に斎行されている。
明治9年(1876)、明治天皇が東北地方を巡幸された際、戊辰の役において秋田県内で戦死した英霊を弔うようにとの宣命と金幣が下賜された。これに感激した当時の由利郡民が、明治20年(1887)6月、旧本荘町出戸町字井戸尻に顕彰碑を建立したことが始まりである。
その後、日清・日露戦役において由利郡出身者からも多数の戦死者が出たことから、その英霊をまつるため、明治40年(1907)に本荘公園内へ現在の社殿を建立した。官祭本荘招魂社と称し、以後、毎年祭典が執り行われた。
さらに第一次世界大戦、満州事変、支那事変、大東亜戦争で戦死した英霊が合祀され、現在は3,676柱をまつる。昭和33年(1958)には奉賛会が結成され、平成元年(1989)には本荘由利郡民の協力によって幣殿を増築するとともに、社殿の大規模な改修が行われた。例祭は毎年4月29日に斎行されている。
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出典
秋田県神社庁
https://akita-jinjacho.sakura.ne.jp/
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