有名度
十両新山神社
にいやまじんじゃ
宮城県東松島市大塩字中沢上59
宮城県東松島市大塩字中沢上59

かんたんご利益
御祭神
神社系統
この神社の主な系統は
「不明(1柱)」
です。※系統は御祭神や由緒による神社の分類です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。
由緒・歴史 | 特徴
新山神社は宮城県東松島市に鎮座する神社。御祭神は大宅内親王の1柱をまつる。
社格は旧村社。
大同2年(807)、伊予親王が事件に連座して死を賜った際、その皇妹である大宅内親王が難を逃れて小野本郷岩崎へ移り住み、薨去した後に五穀の神として祀られたことに始まると伝えられる。古くは新山大権現と称し、深谷25カ村の総鎮守として広く崇敬を集めた。長い歴史を物語るものとして、文治2年(1186)、天文16年(1547)、慶長2年(1597)の棟札が伝えられている。文治5年(1189)には、鎌倉権五郎景政の子孫とされる長江太郎義景が小野城へ入り、以後も歴代領主の崇敬を受けながら社殿の造営や祭事が行われ、地域の中心的な神社として信仰が受け継がれた。明治2年(1869)には新山神社へと改称し、村社に列した。その後、大塩村内に鎮座していた愛宕神社、山神社、白山神社、紫神社、熊野神社を合祀し、地域に祀られてきた神々を合わせ祀ることとなった。こうして大宅内親王にまつわる平安時代初期の創祀伝承を起源とし、中世から近世にかけて歴代領主の庇護を受けながら、深谷25カ村の総鎮守として長く信仰を集めてきた。例祭は4月17日と10月17・18日に行われる。
社格は旧村社。
大同2年(807)、伊予親王が事件に連座して死を賜った際、その皇妹である大宅内親王が難を逃れて小野本郷岩崎へ移り住み、薨去した後に五穀の神として祀られたことに始まると伝えられる。古くは新山大権現と称し、深谷25カ村の総鎮守として広く崇敬を集めた。長い歴史を物語るものとして、文治2年(1186)、天文16年(1547)、慶長2年(1597)の棟札が伝えられている。文治5年(1189)には、鎌倉権五郎景政の子孫とされる長江太郎義景が小野城へ入り、以後も歴代領主の崇敬を受けながら社殿の造営や祭事が行われ、地域の中心的な神社として信仰が受け継がれた。明治2年(1869)には新山神社へと改称し、村社に列した。その後、大塩村内に鎮座していた愛宕神社、山神社、白山神社、紫神社、熊野神社を合祀し、地域に祀られてきた神々を合わせ祀ることとなった。こうして大宅内親王にまつわる平安時代初期の創祀伝承を起源とし、中世から近世にかけて歴代領主の庇護を受けながら、深谷25カ村の総鎮守として長く信仰を集めてきた。例祭は4月17日と10月17・18日に行われる。
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出典
宮城県神社庁
https://miyagi-jinjacho.or.jp/
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