氷上神社 陸前高田市 - 神社ファン

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氷上神社

ひかみじんじゃ

岩手県陸前高田市高田町字西和野83

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岩手県陸前高田市高田町字西和野83

かんたんご利益

御祭神

神社系統

この神社の主な系統は

「不明(3柱)」

です。
※系統は御祭神や由緒による神社の分類です。
※主な系統は神社の主要となる系統で主祭神や神社名に関わる系統です。

由緒・歴史 | 特徴

氷上神社は岩手県陸前高田市に鎮座する神社。御祭神は衣太手神、登奈孝志神、理訓許段神の3柱をまつる。
社格は式内社であり、社格は旧郷社。
創建年代は明らかではない。社伝では、気仙郡に官が置かれる以前から氷上山の3つの峰に神が祀られていたと伝えられている。衣太手神社を東御殿、登奈孝志神社を中御殿、理訓許段神社を西御殿と称し、3社を合わせて氷上三社と呼んだ。
古くは3社が氷上山麓の異なる場所に鎮座していたと伝えられる。その後、中世の修験道による山岳信仰の広がりとともに氷上山上へ集められ、東・中・西の3社が祀られる形となった。
仁寿2年(852)には朝廷から神階が授けられ、『日本文徳天皇実録』には登奈孝志神が正五位下、衣太手神と理訓許段神が従五位下に叙せられたことが記されている。
延長5年(927)にまとめられた『延喜式神名帳』には、陸奥国気仙郡の神社として理訓許段神社、登奈孝志神社、衣太手神社の3社が記載された。いずれも式内小社で、気仙郡に記載された3座すべてが氷上三社にあたるとされる。
江戸時代には氷上権現、氷上山三所権現などの名称も用いられ、神仏習合のもとで祭祀が行われた。享保8年(1723)、仙台藩第5代藩主の伊達吉村が領内を巡視した際には、氷上三社に関する和歌を奉納したと伝えられている。
安永3年(1774)以降、現在の高田町西和野に氷上三社の里宮が建立されたと伝えられている。文化12年(1815)12月10日には、氷上三社に正一位の神階が授けられたと社伝に記されている。
幕末まで氷上三社権現などの名称でも祀られ、明治初期の神仏分離を経て、明治5年(1872)に郷社へ列せられた。明治14年(1881)には現在の里宮の社殿が造営された。拝殿は気仙大工による建築で、木造平屋建ての入母屋造とし、正面に向拝を設けている。
昭和48年(1973)には氷上山上に奥宮の新しい神殿が造営された。現在も山上には東御殿の衣太手神社、中御殿の登奈孝志神社、西御殿の理訓許段神社が祀られている。
里宮の境内には、氷上三社の旧社殿を納めた御仮宮があり、その内部に東御殿、中御殿、西御殿が奉安されている。また、氷上本地堂は気仙三十三観音の第31番札所で、『気仙風土草』には中御殿と如意輪観音との関係が記されている。このほか、足名椎神社、手名椎神社、戸隠神社などが祀られている。
氷上神社と高田町の天照御祖神社では、5年に一度、合同式年大祭「高田町五年祭」が行われる。2025年10月19日の五年祭では、東日本大震災以降途絶えていた風流山車が15年ぶりに復活し、高田町内を運行した。
  • 式内社(不明)
  • 郷社
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出典
岩手県神社庁
https://www.jinjacho.jp/