菅原清公
すがわらのきよきみ
- 歴史的人物
- 男神・男性

菊池容斎(前賢故実)
祭神ランキング1527位
- 公卿
平安 [770年~842年]
菅原清公とは?
菅原清公《すがわら の きよきみ》(770年~842年)は、平安時代前期の公卿・漢学者である。菅原古人《すがわら の ふるひと》の子として生まれ、若くして文章生となり、秀才に推挙された。延暦21年(802年)に遣唐使判官に任じられ、延暦23年(804年)には遣唐使の一員として唐へ渡った。帰国後は大学頭、文章博士、式部大輔などを歴任し、優れた学識によって朝廷に重用された。嵯峨天皇の侍読を務め、朝廷の儀式や衣服を唐風に改めることを建議したほか、漢詩集『凌雲集』『文華秀麗集』や法令の解説書『令義解』の編纂にも関わった。嵯峨・淳和・仁明の3代に仕え、晩年には参議に任じられ、承和9年(842年)に従三位・参議として73歳で没した。菅原氏を学問の家として発展させた人物であり、子の菅原是善、孫の菅原道真へと受け継がれる菅家の学統の基礎を築いた。 菅原清公は、菅原院天満宮神社の祭神として祀られている。同社は菅原氏の邸宅である菅原院の跡と伝わる地に鎮座し、清公の子・菅原是善《すがわら の これよし》、孫・菅原道真とともに清公を奉斎している。菅原氏ゆかりの神社として、学業成就や学問の神として崇敬を集めている。
ご神徳
ご神徳は不明です。
祀られている主な神社
菅原院天満宮神社
(京都府上京区烏丸通下立売下ル堀松町406)
