加納直盛
かのうなおもり
- 歴史的人物
- 男神・男性

祭神ランキング1527位
- 奉行(津藩)
江戸 [1612年~1674年]
加納直盛とは?
加納直盛《かのう なおもり》(1610年~1673年)は、江戸時代前期の藤堂藩士である。伊賀国上野(現在の三重県伊賀市)に生まれ、藤堂藩で伊賀加判奉行を務めた。承応3年(1654年)、藩主・藤堂高次の命を受け、水利に乏しい美旗新田の開発に着手した。土木技術者の西島八兵衛の指導を受けて灌漑用の溜池を築き、原野であった地域の開墾を進め、新田村の成立に尽力した。その後、新田開発は子の加納直堅に引き継がれ、直堅は新たな用水路を築いて水利の安定を図った。直盛は新田村の開発に大きな功績を残し、延宝元年(1673年)に63歳で死去した。墓所は三重県伊賀市上野寺町の大超寺にある。
加納直盛は、三重県名張市の美波多神社に祭神の一柱として祀られている。享保16年(1731年)、新田村の住民が直盛の遺徳を顕彰するため、三柱神社の境内に加納大明神を祀る加納神社を創建した。明治40年(1907年)には加納神社などが三柱神社に合祀され、大御原神社と改称された。さらに明治43年(1910年)、周辺の神社を合祀して美波多神社と改称し、現在に至っている。現在も直盛は同社の祭神の一柱として奉斎され、毎年12月7日には加納祭が行われている。
ご神徳
ご神徳は不明です。
祀られている主な神社
美波多神社
(三重県名張市新田1087)
