大河内顕雅 神社の神様 - 神社ファン

大河内顕雅

おかわちあきまさ

  • 歴史的人物
  • 男神・男性

祭神ランキング1527位

  • 武人

室町

  • ご神徳
  • 同一神
  • 主な神社
  • 大河内顕雅とは?

    大河内顕雅《おかわち あきまさ》(生没年不詳)は、室町時代前期の武将で、伊勢国司北畠氏の一族である。伊勢国司北畠家第2代当主・北畠顕泰の子で、第3代当主・北畠満雅の弟にあたる。応永年間、満雅が室町幕府との戦いに備えて大河内城を築くと、顕雅が同城へ入り、以後大河内氏を称したと伝えられる。顕雅の子孫は大河内城を居城として、代々大河内御所と称した。顕雅は兄の満雅を支え、幕府方との戦いにも加わったと伝えられている。大河内城はその後も北畠氏の重要な拠点となり、永禄12年(1569年)には、顕雅の子孫にあたる北畠具教・具房父子らが籠城して織田信長軍と戦った。約50日に及ぶ攻防の末に和睦が成立したが、この籠城戦は顕雅の時代から約150年後の出来事であり、顕雅本人が参加したものではない。 大河内顕雅は、三重県松阪市の大河内神社で北畠顕雅の名により祭神の一柱として祀られている。同社には北畠親郷、北畠親忠、北畠親泰、北畠具教など、北畠氏や大河内氏に関係する人物もあわせて祀られている。顕雅は大河内城へ入り、大河内氏の祖となった人物として奉斎されている。

    ご神徳

    ご神徳は不明です。

    祀られている主な神社

    大河内神社
    (三重県松阪市桂瀬町169-1)