河津祐泰
かわづすけやす
- 歴史的人物
- 男神・男性

祭神ランキング1527位
- 武人
平安 [1146年~1176年]
河津祐泰とは?
河津祐泰《かわづ すけやす》(1138年?~1176年)は、平安時代後期の武士である。伊豆国(現在の静岡県)の豪族・伊東氏の一族で、伊東祐親《いとう すけちか》の子とされる。河津荘を本拠としたことから河津氏を称した。妻との間には曽我十郎祐成《そがじゅうろう すけなり》、曽我五郎時致《そがごろう ときむね》の兄弟が生まれた。安元2年(1176年)、狩りの最中に工藤祐経《くどう すけつね》が放った矢に当たり命を落とし、この出来事が後の曽我兄弟による仇討ちの契機となった。河津祐泰の生涯は『曽我物語』をはじめ、能や歌舞伎、浄瑠璃などの題材として広く語り継がれている。
河津祐泰は、静岡県賀茂郡河津町の河津八幡神社で祭神としてまつられている。同社は河津氏ゆかりの神社で、河津祐泰のほか、河津氏の祖とされる河津三郎祐家や曽我兄弟ゆかりの人物を祭神として奉斎している。河津祐泰は、河津氏の祖として伝えられるとともに、曽我兄弟の父として地域の歴史や伝承と深く結び付く人物としてまつられている。
ご神徳
ご神徳は不明です。
祀られている主な神社
河津八幡神社
(静岡県河津町谷津375)
