冨田高慶
とみたこうけい
- 歴史的人物
- 男神・男性

祭神ランキング4751位
- 藩士(相馬中村藩)
江戸~明治 [1814年~1890年]
冨田高慶とは?
冨田高慶《とみた たかよし/とみた こうけい》(1814年〜1890年)は、江戸時代後期から明治時代にかけて活躍した農政家・報徳思想家である。中村藩(現在の福島県相馬市)の藩士として生まれ、藩政再建の方策を求める中で二宮尊徳に師事し、高弟の一人となった。尊徳が唱えた報徳仕法の普及に尽力し、中村藩では尊徳に代わって農村復興や藩財政の立て直しを指導した。報徳仕法では、荒地開墾や用水路・堤防の整備、困窮者への支援、善行者の表彰などを通じて農村の再建を進め、大きな成果を挙げたとされる。尊徳の没後は、その思想を後世に伝えるため『報徳記』や『報徳論』を著し、報徳思想の普及に尽力した。明治維新後は福島県南相馬市へ移り住み、二宮家の世話を続けながら報徳仕法の継承に努め、76歳で生涯を閉じた。 冨田高慶は、栃木県日光市の報徳二宮神社で、二宮尊徳命の配祀神として祀られている。同社は二宮尊徳の終焉の地に創建された神社で、高慶は尊徳の嫡子・二宮尊行とともに配祀された。尊徳の高弟として報徳仕法を支え、『報徳記』を著してその思想を後世へ伝えた功績から、報徳思想を継承した人物として祭神に加えられている。
ご神徳
ご神徳は不明です。
