梶原景季
かじわらかげすえ
- 歴史的人物
- 男神・男性

祭神ランキング1527位
- 武人
平安~鎌倉 [1162年~1200年]
梶原景季とは?
梶原景季(1162-1200)は平安〜鎌倉時代の人物。源太の通称でも呼ばれた。梶原景時の子で、弟に梶原景高、梶原景茂らがいる。景時の嫡男として生まれ、父と共に源頼朝に臣従した。騎射や和歌に優れ、頼朝の寝所を警護する11人の1人に選ばれた。寿永3年の源義経軍と源義仲(木曽義仲)軍との宇治川をはさんでの戦いにおいて、佐々木高綱と乗馬のまま渡河し先陣を競ったという伝承は、平家物語や平曲「宇治川」での有名な一節として知られる。平氏追討の戦いでも名をあげたが、頼朝の死後、父と共に鎌倉を追放され、正治2年に上洛の途中の駿河(静岡県)狐崎で討たれ39歳で死去した。 景季は梶原神社(宮城県気仙沼市)で祭神としてまつられている。鶴岡八幡宮の臨時別当を務めた、伯父の梶原景実によって創建された。社を建て頼朝、景時、景季の御影を安置し、一族の冥福を祈ったとされる。
ご神徳
ご神徳は不明です。
祀られている主な神社
梶原神社
(宮城県気仙沼市唐桑町高石浜126)
