澤村勘兵衛勝為 神社の神様 - 神社ファン

澤村勘兵衛勝為

さわむらかんべえかつため

  • 歴史的人物
  • 男神・男性

祭神ランキング1527位

  • その他

江戸 [1613年~1655年]

  • ご神徳
  • 同一神
  • 主な神社
  • 澤村勘兵衛勝為とは?

    澤村勘兵衛勝為(1613-1655)は江戸時代の武士・治水家。澤村仲の子で澤村甚五左衛門重勝の弟。上総国(千葉県)に生まれ、兄・甚五左衛門と佐貫城主・内藤政長に仕える。政長が陸奥国(福島県)磐城平藩に転封となった際にはこれに従い、兄と共に城受取りの役を担った。1641年に郡奉行となった勘兵衛は、2代藩主・内藤忠興の命で領内の検分を行う。水の便が悪く使われていない土地も多い現状に、新田開発のため灌漑用水の工事を進言。事業の指揮を命ぜられて小川江筋の開削に着手する。領内を流れる夏井川から取水する用水路の建設に、自らの俸禄まで資金に充て尽力したとされるが、その功を妬む者による讒言があり、郡奉行を罷免されついには切腹を命ぜられた。亡骸は、工事中に自らお堂を建立し、大日如来を勧請した利安寺に葬られた。福島県いわき市を中心とした民俗芸能「じゃんがら念仏踊り」は、勘兵衛の霊を慰めるため、当時江戸で流行していた念仏踊りをもとに踊ったことが始まりといわれる。 勘兵衛は澤村神社(福島県いわき市)で主祭神としてまつられている。明治初期、地域住民らにより神社創建の出願がなされ、小川江筋が見渡せる土地に神社が建立された。

    ご神徳

    ご神徳は不明です。