荒木田守武
あらきだもりたけ
- 歴史的人物
- 男神・男性

表記なし(パブリック・ドメイン)
祭神ランキング1527位
- その他
室町 [1473年~1549年]
荒木田守武とは?
荒木田守武(1473-1549)は戦国時代の神職・連歌師。荒木田(薗田)守秀の子で荒木田守晨の弟。伊勢神宮の内宮に仕え、禰宜、権禰宜を世襲制で務めた氏族・荒木田一門の薗田家に生まれる。皇大神宮一禰宜で、荒木田二門の藤波氏経を外祖父にもつ。2歳で従五位下に叙せられ権禰宜となり、15歳で禰宜。69歳の時に一禰宜長官に昇進して薗田長官の通称で呼ばれた。77歳で亡くなるまで、長い期間にわたり禰宜職を務め上げた。一方で連歌などに優れた才を見せ、連歌集「新撰菟玖波集」に兄・守晨と共に作品が選ばれている。宗祇、宗長、兼戴、肖柏らに連歌を学び交流した。俳諧を連歌から独立させ、文学の一形態となす基礎を築き、江戸時代の「俳聖」松尾芭蕉に対し「俳祖」と呼ばれる。また後世の伊勢風と呼ばれる俳諧の原点ともされた。著作には、連歌方式で俳句を詠んだ「守武千句」を始め、「俳諧独吟百韻」「秋津洲千句尾張」、伊勢論語の通称で知られる教訓歌「世中百首」などがある。 守武は宇治神社(三重県伊勢市)で祭神・彌武彦神としてまつられている。元は荒木田氏の氏神社である荒木田一門神社に、祖神・天見通命とまつられていたが、明治後期に宇治神社に合祀された。
ご神徳
ご神徳は不明です。
祀られている主な神社
宇治神社
(三重県伊勢市宇治今在家町172)
