舒明天皇
じょめいてんのう
- 歴史的人物
- 男神・男性

忠孝之日本社(歴代天皇御尊影と御陵及二千六百年史錦絵輯)
祭神ランキング1527位
- 天皇
飛鳥 [593年~641年]
舒明天皇とは?
舒明天皇(593-641)は、日本の第34代天皇。父は押坂彦人大兄皇子。父は押坂彦人大兄皇子、その異母妹の糠手姫皇女が母である。漢風諡号の「舒明天皇」は代々の天皇と共に淡海三船によって名付けられたと言われる。先代の推古天皇が崩御した際、次の天皇が決まっていなかった。候補は田村皇子と山背大兄王の2人であり、群臣たちの意見が分かれていた。蘇我蝦夷らは山背大兄王を支持した境部摩理勢を殺害し、田村皇子を立てて天皇とした。これが舒明天皇である。蝦夷が田村皇子を推した理由としては、曾我氏の血を引いていて他の豪族との摩擦を起こすおそれのある山背大兄王を避けたとする説、また蝦夷が田村皇子を傀儡として権力を振るおうとした説がある。実際、舒明天皇が即位した後、政治の実権を握ったのは蘇我蝦夷であった。舒明天皇は最初の遣唐使を送ったことでも知られている。唐からの返訪を受け、使者以外にも僧や学生が唐へ渡り様々な文化を持ち帰るなどの交流が行われた。他にも舒明天皇の在位中には、百済と新羅からの使節も訪れたとされる。641年、49歳頃に崩御。 皇居吹上御苑にある皇霊殿には、他の歴代天皇とともに舒明天皇が祀られている。毎年春分の日と秋分の日には春季、秋季の皇霊祭が行われる。
ご神徳
ご神徳は不明です。
別称・異称
息長足日広額天皇おきながたらしひひろぬかのすめらみこと
その他
広額天皇ひろぬかのすめらみこと
日本書紀
田村皇子たむらのみこ
日本書紀
