脇坂安治
わきざかやすはる
- 歴史的人物
- 男神・男性

龍野神社所蔵(パブリック・ドメイン)
祭神ランキング1527位
- 大名
安土桃山~江戸 [1554年~1626年]
脇坂安治とは?
脇坂安治(1554-1626)は戦国〜江戸時代の武士。脇坂安明の子で脇坂安元らの親。近江国(滋賀県)に生まれ、母の再婚により脇坂家の嗣子となる。家督を継いだ安治は、明智光秀に従い丹波国(兵庫県)黒井城攻めで初陣を果たす。後に羽柴秀吉の家臣となり、播磨国(兵庫県)三木城攻めを始めとして多くの武功をあげる。賤ケ岳の戦いにおいては「賤ヶ岳の七本槍」に数えられる活躍を見せた。1585年には従五位下中務少輔に叙任され、淡路国(兵庫県)洲本城3万石を与えられる。九州征伐、小田原征伐においても功をあげ、文禄・慶長の役では水軍として朝鮮に出兵した。関ヶ原の戦いでは西軍として参戦したが、徳川家康に通じていたとされる安治は開戦後東軍に転じた。所領は安堵され、1609年に伊予国(愛媛県)大洲5万3千石に加増転封される。大坂の陣の後、隠居を願い出て嫡男の安元に家督を譲り、移り住んだ京都で死去した。 安治は龍野神社(兵庫県たつの市)で主祭神・建安治主神としてまつられている。龍野神社は播磨国龍野藩9代藩主・脇坂安宅が、脇坂家の祖である安治をまつったことに始まる。神社には脇坂家の史料の他、秀吉から安治に宛てた書状などが伝わっている。
ご神徳
ご神徳は不明です。
祀られている主な神社
竜野神社
(兵庫県たつの市龍野町中霞城2)
