六川長三郎 神社の神様 - 神社ファン

六川長三郎

ろくがわちょうざぶろう

  • 歴史的人物
  • 男神・男性

祭神ランキング1527位

  • その他

江戸 [1579年~1671年]

  • ご神徳
  • 同一神
  • 主な神社
  • 六川長三郎とは?

    六川長三郎(1579-1671)は、江戸時代前期の開拓者。甲斐国武田氏の遺臣の家系であるが、信濃国塩沢原に土着したと言われている。新田作りや米作りによって塩沢地域の発展を計画し、用水確保の為、蓼科山の山中「弁天神」と「水出」の水源から約50kmに及ぶ用水路を開削したことで知られている。水路は石組みや石樋、土型で形成されている。この弁天神と水出の水源はかつて武田信玄が信濃へ入るときに使われたものであった。周辺の豊かな田園風景を形成する礎になったこの塩沢堰は、現在も蓼科白樺高原内を蛇行しながら、軟水の泉水を立科町の麓や女神湖へ運んでおり、「疎水百選」にも選ばれるなど人々に親しまれている。六川長三郎の名もまた、代々子孫へ受け継がれ、初代長三郎の偉業を現代に伝えている。 長野県北佐久郡立科町塩沢にある豊受社は、長三郎が主祭神として祀られている。元々は豊受比売を奉斎していたものに、神袛管領・ト部良長から長三郎を功勝霊社として鎮座の允許があり、守護神として社殿を作り祀ったものである。

    ご神徳

    ご神徳は不明です。