路豊永
みちのとよなが
- 歴史的人物
- 男神・男性

祭神ランキング1527位
- 公家(貴族)
奈良
路豊永とは?
路豊永(?-?)は、奈良時代の貴族、官吏、儒者。名は豊長とも記述され、通称は路公。父は大蔵少輔・路虫麻呂、もしくは兵馬正・路野上であるとされる。弓削道鏡の師である。道鏡は称徳天皇から寵愛を受けていた。769年、宇佐八幡宮の神官・中臣習宜阿曾麻呂が宇佐八幡神の神託として「道鏡を皇位に付かせれば天下泰平となる」と上奏した。これに対して称徳天皇が、尼・和気広虫とその弟・和気清麻呂に神託の確認を命じた。清麻呂が宇佐八幡宮に赴く際、豊永は清麻呂に「道鏡が皇位につくようなことがあれば、自分は申し訳がなくてそれ以上天皇に仕えることが出来ない。そうなったときは、殷の伯夷に倣い身を隠そう」と告げた。清麻呂は自分も主君の命令を果たすことを固く心に誓って、八幡宮へと向かい、八幡宮で大神からの神託を受けて称徳天皇へ持ち帰ったが、それが意に沿わぬものだったため称徳天皇はこれに怒った。清麻呂は別部穢麻呂と改名させて大隈国へ流罪にされたが、結果的に道鏡が皇位に就くことは阻止された。 京都府京都市上京区にある護王神社では、清麻呂や広虫らとともに豊永が祭神として祀られている。
ご神徳
ご神徳は不明です。
別称・異称
路豊長みちのとよなが
その他
