鈴木重辰 神社の神様 - 神社ファン

鈴木重辰

すずきしげとき

  • 歴史的人物
  • 男神・男性
鈴木重辰

表記なし

祭神ランキング1527位

  • 武人

江戸 [1607年~1670年]

  • ご神徳
  • 同一神
  • 主な神社
  • 鈴木重辰とは?

    鈴木重辰(1607-1670)は江戸時代前期の人物。鈴木正三の子で、鈴木重昌の親。鈴木重成は養父にあたる。三河鈴木氏の支流・則定鈴木家の長男として生を受けた。実父の正三は仮名草子の作家としても知られる禅僧で、甥の重長を養子に取って家督を継がせていた。そのため重辰は長男であったが家督の継承権がなく、血縁上の叔父にあたる鈴木重成の養子となっている。大番役・御倉奉行・京都御所造営役などを歴任し、1637年には重成と共に島原の乱に出陣。戦後、重成は初代天草代官に任じられ、天草に留まることとなる。1653年に重成が死去すると、二代目の天草代官に選ばれたのは重辰であった。天草の復興に全力を注いだ養父の意思を継ぎ、重辰もまた天草のため勤勉に働いた。1659年には、重成の代には成しえなかった天草の石高半減にも成功している。1664年には京都代官に就任。また山城国(現在の京都府)と上総国(現在の千葉県)に合わせて500石を知行した。 重成・重辰父子は度重なる乱と厳しい年貢で疲弊していた天草を復興させた恩人として、現地で信仰されるようになった。このため重辰は現在も熊本県天草市の「鈴木神社」の祭神として大切に祀られている。

    ご神徳

    ご神徳は不明です。