龍造寺長信 神社の神様 - 神社ファン

龍造寺長信

りゅうぞうじながのぶ

  • 歴史的人物
  • 男神・男性
龍造寺長信

表記なし(多久市史 第2巻近世編 パブリック・ドメイン)

祭神ランキング1527位

  • 武人

戦国~江戸 [1538年~1613年]

  • ご神徳
  • 同一神
  • 主な神社
  • 龍造寺長信とは?

    龍造寺長信(1538-1613)は戦国時代~江戸時代初期にかけての人物。龍造寺周家の子で、多久安順らの親。龍造寺隆信の弟。長信は龍造寺氏の庶流・水ヶ江龍造寺氏の生まれ。しかし兄の隆信が本家を飲み込んで龍造寺氏の最盛期を築いたため、長信も一族のため重要な仕事を任されていた。1563年には龍造寺氏が多久宗利を下して梶峰城を手に入れ、城主として長信が置かれた。肥前国(現在の佐賀県)後藤氏が梶峰城に攻め入った際にはこれを返り討ちにするなど、武将としても有能だったようである。梶峰城は重要な材木供給地と近接しており、長信は材木の調達・普請に関わる優秀な職人集団を配下に置いていた。当時の戦において材木は貴重な軍事物資であり、長信はその調達を司っていたのである。この時代の龍造寺氏の急速な勢力拡大は、長信の支えあっての成功だったと言っても過言ではない。また長信は大江神大神宮の再興、聖光寺や岩松軒寺の建立を行い、伝統的な宗教勢力との関係を良好にしたことでも知られる。 後年、嫡子の安順が「後多久氏の祖」となった縁で、長信は佐賀県多久市の「多久神社」の祭神となっている。同神社はかつて長信が居住した場所に建立されたもの。

    ご神徳

    ご神徳は不明です。