龍造寺高房 神社の神様 - 神社ファン

龍造寺高房

りゅうぞうじたかふさ

  • 歴史的人物
  • 男神・男性
龍造寺高房

天祐寺所蔵(パブリック・ドメイン)

祭神ランキング1527位

  • 大名

安土桃山~江戸 [1586年~1607年]

  • ご神徳
  • 同一神
  • 主な神社
  • 龍造寺高房とは?

    龍造寺高房(1586-1607)は安土桃山時代~江戸時代初期にかけての人物。龍造寺政家の子で、龍造寺季明の親。肥前国(現在の佐賀県)佐賀藩主の四男として生まれる。実父の政家が病弱だったため、高房は僅か5歳で家督を相続したが、この年齢で藩政が務まるはずもなく、重臣の鍋島直茂・鍋島勝茂の親子が実権を握っていた。このため当時の佐賀藩は、龍造寺氏と鍋島氏による暫定的な二重統治体制にあった。龍造寺一門は肥前の支配権を取り戻すべく様々な手を打ったが、朝鮮出兵や関ヶ原の戦いを通じて鍋島氏はどんどん力を増していき、龍造寺側の対策はほとんど意味を成していない。高房はやがて徳川家康の人質として江戸幕府に従う身となり、この頃には鍋島氏による肥前の支配体制を引っくり返すことは実質不可能になっていた。これに絶望した高房は妻との無理心中を図る。最初は辛うじて一命を取り留めたが、養生のため故郷に帰還を許された際に再び自害に及び、22歳の若さでこの世を去った。 高房を祀るのは「日峯さん」の愛称で県民に親しまれる佐賀県佐賀市の松原神社。ここはもともと鍋島氏の藩祖を祀る神社だが、明治6年ごろ龍造寺家を祀るための北殿が新たに創建された。

    ご神徳

    ご神徳は不明です。