立花直次
たちばななおつぐ
- 歴史的人物
- 男神・男性

祭神ランキング1527位
- 大名
安土桃山~江戸 [1572年~1617年]
立花直次とは?
立花直次(1572-1617)は安土桃山〜江戸時代の武士。高橋紹運の子で立花種次らの親。兄弟に立花宗茂らがいる。大友氏の家臣・高橋家に生まれ、嫡男の兄・宗茂が立花道雪の養子となったため、次男の直次が高橋家の家督を継いだ。豊臣秀吉の九州征伐後、兄と同じく秀吉の直臣となり、筑後国(福岡県)三池郡に1万8千石を与えられ大名となる。その後は兄と共に戦場に赴き、文禄・慶長の役にも出兵。敵兵に囲まれた兄のため血路を開いたとの逸話も残る。関ヶ原の戦いでは西軍に属したことから、改易され領地を失った。浪人となっていたが、1613年に2代将軍・徳川秀忠に取り立てられ、常陸国(茨城県))筑波郡に5千石を与えられ旗本となり立花姓に改名した。大坂冬・夏の陣にも兄弟で出陣し功をあげる。1617年、病のため江戸の下谷邸にて死去した。武勇に優れた直次は、将軍家の兵法指南役・柳生宗矩の門人となり、「新陰治源流」の開祖としても知られる。 直次は三笠神社(福岡県大牟田市)で祭神として、父・紹運と母と共にまつられている。三池藩7代藩主・立花種周が移封となった陸奥国(福島県)下手渡で創建。明治維新で再び三池藩に復したことで神社も遷座された。
ご神徳
ご神徳は不明です。
別称・異称
高橋統増たかはしむねます
その他
高橋直次たかはしなおつぐ
その他
