葉室光親 神社の神様 - 神社ファン

葉室光親

はむろみつちか

  • 歴史的人物
  • 男神・男性

祭神ランキング1003位

  • 公卿

平安~鎌倉 [1176年~1221年]

  • ご神徳
  • 同一神
  • 主な神社
  • 葉室光親とは?

    葉室光親(1176-1221)は、平安時代末期から鎌倉時代前期にかけての公卿。藤原光親とも呼ばれる。権中納言・藤原光雅の次男。1183年に六位蔵人となり、左衛門権佐や右少弁、五位蔵人などを歴任、1206年に蔵人頭となり翌々年に参議に叙され公卿に列した。その後は2度も権中納言を任じられては辞任し、その間に右兵衛督や按察使などを兼任した。その他、後鳥羽院の側近、順徳天皇の執事、近衛家実や藤原麗子の家司も務めた。承久の乱では、後鳥羽上皇側の中心人物として北条義時討伐の院宣を執筆するなどの活動をしたが、上皇の討幕計画の無謀さを何度も諫めていたという。吾妻鏡によれば、光親は戦後に捕らえられ、武田信光によって甲斐の加古坂で処刑された。享年46。しかし北条泰時はその死後に、光親が上皇を諫めるため書いた諫状を読み、光親を処刑したことを後悔したと言われている。光親は同僚の坊門忠信の助命が叶ったとき心から喜ぶなど清廉で心の美しい人物だったとされている。 山梨県の南都留郡山中湖村平野籠坂峠にある加古坂神社や、富士吉田市大明見にある金山神社では、光親が主祭神として祀られている。

    ご神徳

    ご神徳は不明です。

    別称・異称

    藤原光親

    ふじわらのみつちか

    その他

    祀られている主な神社

    金山神社
    (山梨県富士吉田市大明見1-42-47.)
    天神社
    (山梨県山中湖村平野二四三六)