由良具滋 神社の神様 - 神社ファン

由良具滋

ゆらともしげ

  • 歴史的人物
  • 男神・男性
由良具滋

菊池容斎(前賢故実)

祭神ランキング1527位

  • 武人

南北朝 [~1337年]

  • ご神徳
  • 同一神
  • 主な神社
  • 由良具滋とは?

    由良具滋(?-1337)は鎌倉〜南北朝時代の武士。通称は新左衛門とした。鎌倉時代を中心に、関東で勢力を持った武蔵七党小野氏猪俣党の流れを汲むといわれている。新田義貞の側近として仕え、多くの武勲を重ね、後世、栗生顕友らと共に新田四天王の1人に数えられた。鎌倉攻めや、足利尊氏との箱根竹の下の合戦、京都合戦などで義貞に従い参戦。1336年、後醍醐帝の命を受け、恒良親王、尊良親王を奉じ越前国(福井県)へ向かった義貞と共に金ヶ崎城に入るが、入城直後に北朝方の越前国守護・斯波高経率いる軍に包囲される。軍記物「太平記」には、兵糧攻めにあい城内の兵糧が尽きた極限状態で奮戦する具滋の様子が描かれている。落城が迫り、最期には50数名の兵と城から打って出て敵陣に突撃。激闘を繰り広げた後、討死した。 具滋は絹掛神社(福井県敦賀市)、十寄神社(東京都大田区)で祭神としてまつられている。絹掛神社は、金ヶ崎城で討死した多くの南朝方武将を祭神としてまつり、本殿前には鎮魂の碑が建てられている。十寄神社では、義貞の次男・新田義興の近習の将兵十柱、由良新左衛門命の神名でまつられる。義興らは矢口の渡しで主従共々謀殺されたと伝承される。

    ご神徳

    ご神徳は不明です。

    祀られている主な神社

    十寄神社
    (東京都大田区矢口二丁目17番28)